松沢呉一のビバノン・ライフ

弾薬工場勤務を拒否して5年間強制収容所に入れられた人が懲役10年になった裁判—収容所内の愛と性[6]-(松沢呉一)

人体実験のメンゲレは逃亡、看守は処刑される理不尽—収容所内の愛と性[5]」の続きです。

 

 

 

ベルゼン裁判について

 

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ベルゼン裁判は三度開かれています。イルマ・グレーゼ、エリザベート・フォルケンラートらが裁かれたのはその第一回目で、アンネリーゼ・コールマンが裁かれたのは第二回目ですす。第一回目がもっとも規模が大きく、約2ヶ月間にわたって行なわれていて、1945年11月17日に判決が出ています。ズラリと被告が並ぶ写真はその時のものです。

判決が出たあと異議申し立てもなされていますが、却下されていて、判決から一ヶ月足らずの間に死刑が執行されています。これでは手記を書く暇もない。ロクな検証もなされないまま、メディアが「ナチスのサディスト集団」として尾ひれをつけていき、小説や映画でそのイメージが増幅され、固定していきました。

英軍が起訴して英軍が弁護して英軍が裁く。戦争のあとの勝利国による裁判はこんなもんかもしれないですが、公正になされたのならともかくとてもとうてい公正とは言えない。

たとえばエリザベート・フォルケンラートであれば、選別に関与した医師や看護婦に「フォルケンラートはどこまで関わっていたのか」の確認をとればよかったはずです。しかし、そういった作業をした形跡はありません。幹部は逃亡して、確認がとれなかったのだとしても、確認がとれないことで有罪にすべきではない。

私が最初に「この処刑はどうなんだろう」と思ったきっかけはこのエリザベート・フォルケンラートだったのですが、さらに納得できない例が次々と出てきます。

看守は、自分で望んで党員になり、親衛隊あるいは補助員になり、命令によって強制収容所に赴任したのもいますが、それでもそこにはナチスを支持する意思があります。どうせヒトラーを崇拝していたのでしょう。それ以外は新聞広告を見て応募していて、自ら望んで看守になっています。これらは重罰でいいのだとしても、納得しにくいのは、45人の被告のうち、12名が収容者だったことです(11名になっていることもありますが、1名は別の裁判で先に判決が出たためかと思われます)。

強制収容所に入れられて、やっと解放されたと思ったら捕まって裁判ですよ。

看守でも十分に「おかしくないか?」と思わせるのですが、それはナチスポイントがあるので、死刑になったり、懲役になったりしてもしゃあないのだとしても、収容者についての裁判記録を読むと、この裁判がいかにひどいものだったのかよくわかります。

The prisoners in the dock

 

 

弾薬工場に行くことを拒否して収容された者までが被告に

 

vivanon_sentence前々回のニュース映像に出てきたヒルデ・ローバウアーも収容者であり、カポでした。カポは特権階級であり、生き残る率は高かったとは言え、彼女の裁判記録を読むと、カポの苛酷さがよくわかります。

ヒルデ・ローバウアーは1918年生。製織工場で働いていましたが、1940年に弾薬工場への異動を命じられて拒否し、ラーフェンスブリュック収容所に入れられます。以降、ビルケナウ他のアウシュヴィッツの収容所に収容され、再度ラーフェンスブリュックに戻り、ベルゲン・ベルゼン強制収容所で逮捕されてベルゼン裁判の被告になっています。

弾薬工場を拒否した事情までは不明ですが、戦時に異動を拒否すればどうなるかわかっていたはずで、宗教的信念だったり、反ナチス思想を持っているなど、強い意思があったのだろうと想像します。

裁判でそのことを強調すれば心証が相当違ったはずで、無罪にだってなったかもしれないですが、それをやっていないことで、彼女は正直者なのではないかと見方が大きく変わりました。

ヒルデ・ローバウアーは目立つ容貌なので、早くから私は認識していました。悪役プロレスラーっぽくて、「こいつは悪そうだな」と。通称も「制服を着ない親衛隊」です。楽器を持たないパンクバンドみたいな。

しかし、収容者だったことがわかって、さらには収容された理由を知って、「この人がどうして起訴されて、所長などの親衛隊幹部と並んで世界の晒しものにならなければならないのか」と同情しました。見た目で決めつけて申しわけない。

しかも、彼女はずっとカポだったわけではありません。1942年に4週間カポだったことがあるのと1944年以降です。

 

 

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