松沢呉一のビバノン・ライフ

再読して評価を変えざるを得なくなった—田嶋陽子著『愛という名の支配』を褒めたり貶したり貶したり[1]-(松沢呉一)

 

 

田嶋陽子著『愛という名の支配』を再読

 

vivanon_sentence新潮社の担当編集者である岑(みね)さんは、11月発売の新潮文庫で2冊担当しています。『マゾヒストたち』と田嶋陽子著『愛という名の支配』です。

編集者が担当する本は自ら企画を出すものと、割り振られるものとがあります。闇の女たち』もマゾヒストたち』も前者です。新潮社で出した単行本を文庫化する場合でも、文庫の担当者が「やりたい」と手を上げることもあれば、そんなに関心はないけれど、この月は他に担当がないから引き受けるということもあります。よくは知らんですけど、たぶんそうです。

彼が『愛という名の支配』も担当していることを知ったのは見本ができてからです。自分の本と一緒に1冊いただきました。

何かの事情でたまたま担当したのかとも思ったのですが、自ら企画を出したそうです。簡単に言えば「フェミニズムの基本になるものをまずは読んだ方がいい」という考えかららしい。さすが私の担当です。

もっと古いものから順繰りに読んだ方がよりよいですが、あんまり古くなると読みづらく、時代背景もわかりにくい。ものによっては前提となる知識がないと理解できない。その上、フェミニズムの本は一部の書き手を除いてはそう売れるものではない。

その点、『愛という名の支配』はわかりやすく、半ばタレント本でもありますから、セールス的にも安心です。

単行本は1992年に出たもので、2003年、講談社+α文庫で文庫化され、その再文庫化です。それらの実績もあるので、数字は読みやすいでしょう。

私はこの本を単行本で読んでますが、私の中で田嶋陽子は「まっとうなフェミニスト」であり、どこかにその旨、書いたこともあります。売り上げ見込みを踏まえたフェミニズムの基本書としては、いい選択だと思い、編集者にもそう伝えました。

 

 

評価を訂正

 

vivanon_sentence30年近く前の本であり、内容はほとんど覚えていないので、この文庫で読み直しました。

自分を縛りつける母親と、その意味を探っていく過程、恋愛を通してその呪縛から脱するくだりはぼんやりとしか覚えていなかっただけに二度目でも面白く読めました。著者にとって、「愛という名の支配」を乗り越える第一歩にして最大の一歩は愛の名のもとに子どもを支配する母親との闘いだったのです。「子どものため」「あなたのため」でなされる依存と支配、つまりはパターナリズムです。

パターナリズムとの闘いが著者にとってのフェミニズムであったこと、なおかつこの社会にある「女のために」が女を抑圧していることまでが照射されていきます。

ここまでは単行本を読んだ時の印象と同じです。この本はここに絞った方がよかったのだと思います。そしたら、褒めるだけで終われたのに。

再読したら、以前読んだ時に比して、気になるところが多くて、手放しでこの本を推奨はできなくなりました。推奨するとしたら、テレビでお馴染みのタレント文化人の闘いの記録としてであり、フェミニズムの本として推奨できるのは中高生向けの入門書としてです。

社会に出るうんと前に、社会の仕組みをざっくりとらえるためには役に立つと思いますし、講談社版の帯にあるように、とりわけ若い世代に対して、学校で、また、家庭で押しつけられる「あなたのために」の噓を見抜くガイドブックとしても適切です。

 

 

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