インフルエンザ菌とは何か—スペイン風邪流行時に存在していたインフルエンザワクチン[上]-(松沢呉一)
インフルエンザ菌ワクチン?
「スペイン風邪流行時の「マスクをしている人は感染しやすい」説」に、国会図書館で探しても、スペイン風邪流行当時、日本人がどうとらえ、どう恐れたかについて書かれたものはほとんど見つからなかったことを書きました。
スペイン風邪がナチス台頭を招いた可能性を明らかにした調査を踏まえていたため、その時に知りたかったのは「一般の人たちにとってのインフルエンザ」ということであり、「医学的見地からインフルエンザはどうとらえていたのか」はどうでもよかったため、医学書、医学雑誌はほとんど調べなかったのですが、なにかヒントになることがあるかもしれないと思い直して、医学誌の関連記事をペラペラ眺めていました。
1920年(大正9年)4月5日発行「醫學中央雜誌」323号の巻頭に掲載された「杏雲堂医院 医学博士」 の肩書きがついた佐々木秀一による「流行性感冒の原因及び療法に就て」を読んでいたら、気になることが書かれていました(この雑誌は片仮名文ですが、読みづらいので、平仮名に直しました。以下同)。
この一文では、流行性感冒の原因説として「特殊の不明病原体」「インフルエンザ菌」「肺炎雙球菌及び其他の菌」の三つを挙げて、未だ結論は出ていないとしながら、筆者自身が患者を診たところでは、ひとつの原因ではなく、複数の原因によるのではないかと推論します。
ここでの「インフルエンザ菌」はインフルエンザウイルスのことではなく、別の病原菌を当時はインフルエンザ菌と呼んでいたのです。
後半はその療法を書いていて、サルチル酸製剤、レミジン、キニーネなどの薬を挙げているのですが、8番目に「各種ワクチン」が出てきて、「インフルエンザ菌ワクチン」「肺炎菌ワクチン」などと書かれています。
「えっ、なんでワクチンがあるんだよ」と驚いたのですが、よくよく読むと、これは原因説に沿ったワクチンであることがわかります。インフルエンザ菌というのは、ドイツの細菌学者リヒャルト・パイフェル(Richard Friedrich Johannes Pfeiffer)が発見したもので、パイフェル氏菌と言われます。
筆者は「最近までインフルエンザはパイフェル氏菌によるものと思われてきたけれども、昨今の流行性感冒の患者からはインフルエンザ菌が見つからないことがあって、パイフェル氏菌だけでは説明ができなくなっている。他の菌との複合だろう」とします(引用ではなく、論旨です)。
このパイフェル氏発見の菌に効くのが「インフルエンザ菌ワクチン」であり、「肺炎雙球菌及び其他の菌」に効くのが「肺炎菌ワクチン」というわけです。
パイフェル氏菌とインフルエンザ菌の関係
このパイフェル氏菌と、そのワクチンとはなんだったのかと調べてみたら、こちらに出てました。
スペインかぜは社会的に大きなインパクトを与え、世界中の研究者がインフルエンザの原因を明らかにするための研究を競って行った。当時は細菌学が急速に進歩した時代で、スペインかぜで亡くなったヒトより何種類もの細菌が分離されたため、それらのうちのどれかが原因菌と考えられた。特に分離される割合が高かったのはパイフェル氏菌で、多くの研究者がインフルエンザの原因菌と考えたのでインフルエンザ菌と呼ばれることになった。インフルエンザの予防にはワクチンが必要ということで、日本ではパイフェル氏菌に対するワクチンが開発され、1919年から1920年にかけて20万人以上に接種された。このワクチンは、発病を阻止する効果は低かったが、死亡率を下げる効果は大きかった。インフルエンザはインフルエンザウイルスに感染して発症するので、なぜ効果が認められたのか不思議である。恐らく、インフルエンザの重症化には細菌の二次感染が関わることが多いので、このワクチンはそれを防いだのであろう。
地方独立行政法人・大阪健康安全基盤研究所「インフルエンザワクチン開発の歴史」より
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