松沢呉一のビバノン・ライフ

スペイン風邪流行時の「マスクをしている人は感染しやすい」説—マスク・ファシズム[1]-(松沢呉一)

 

 

心理療法と流行性感冒

 

vivanon_sentenceウイルスに対する恐怖と米騒動・朝鮮人虐殺の関係—ナチスの時代とコロナの時代[8]」で書いたように、国会図書館で「流行性感冒」や「インフルエンザ」を検索し直して、いくつか読んでみました。

スペイン風邪を当時の日本人はどうとらえていたのかを知りたかったのですが、これについて書かれたものはほとんど見つかりませんでした。

唯一はっきりと書かれていたのは佐藤成義著『実験心理治療 : 精神療法の実際と理論及方法』(大正15)でした。この本に「流行性感冐」の章があります。

数年が過ぎていますが、以下は日本におけるスペイン風邪の記述です。

 

 

大正七年の晩秋から八年の春にらかけて、悪性流行感冒が各地で大流行して、其後に流行したものに比して非常に悪性で猛烈で急劇であって伝染も早く、発病すると三日目位で肺を冒され間もなく斃れるのが多かった。実に人心恟々(きょうきょう)で或村では一村殆ど挙(こぞ)って就床し一家全滅の家もあり、或は幼児のみ残り両親兄弟皆死せるあり、一家皆枕を並べて看病する者なく呻吟の声戸外に聞え、又或地では意思が臥病(がびょう)して診察を受くることも出来ぬとか、平生は数人の医者のある某町でも、唯一人活動しているのみで皆寝たなど、噂も高く実に惨憺たるものであった。

 

※読点で文章が続くため、適宜読点を句点に直しています。以下同

 

 

ここでの「一家全滅」は「全員が感染した」という意味かとも思ったのですが、そのあととのつながりからすると、「全員死亡した」ってことでしょう。全員はもちろん、「幼児のみ残り両親兄弟皆死せるあり」であっても相当に珍しい例です。

たとえば5人家族で4人なり5人なりが亡くなるのは、確率的には数十万家族、数百万家族にひとつです。それでもなかったわけではないでしょうから、あり得ないことを書く「日経ビジネス」とは違います。

この著者は医者ではなく、心理学に基づいた診療所みたいなものを開いていたようです。その立場から、人間の心のありようがいかに病気を生み出したり、治癒したりするのかを論じていて、「病は気から」を心理学的に説明した内容の本です。

実際、そういうことはあるでしょうけど、ちょっと行き過ぎていて、スペイン風邪流行の際にも患者を診て、皆、全治させたとしています。当時の医師法では問題はなかったんですかね。宗教団体もこういうことをよくやっていて、診断をしない限りはいいのか。

その治し方は、もっぱら「気合」です(笑)。

以下は家族が亡くなり、そこから感染したと思われる人を治療した時の様子。

 

強く気合をかけ此病は決して恐るるほどでなく、必治る速に快方に向ふと暗示し、家人にも必治を確信して周章する事なく、静養すべく呉々告げて帰ったが翌日は離床するに至って、一家の歓喜名状すべからず。

 

そりゃ確率的には治ることの方がうんと多いですから、不思議でもなんでもない。祈祷と一緒。

 

 

マスクをする人は感染しやすい?

 

vivanon_sentenceこういった暗示が感染症にまで効果があるのかどうかわからないですが、医療の現場でもたとえば励ますことで死ぬはずの人が死ななかったりすることがあります。一方で、「もうダメだ」と本人が諦めた瞬間に病状が悪化したり。

心が身体に作用するのです。と、どこぞの医師が書いた『「病は気から」の科学』みたいな本に出ちょりました(ここに書影を出した本だと思うのですが、カバーはこんなんじゃなかったような。新装なのかな)。

それで悪化するような薬を飲ませるとか、壷を売って法外な金をとるというのでなければ、効果ある治療法がない病気については、まあいいんじゃないですかね。効果があってもプラシーボとして否定されますが、思い込みで効果が出ることがあるんだから、思い込ませればいいのです。

納豆も一緒。納豆の場合はそれでご飯が食えるんですから、なんも効果がなくてもよし。卵があればなおのことよし。

で、実験心理治療 にはさらに面白いことが書かれていました。マスクについてです。

 

 

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