松沢呉一のビバノン・ライフ

ヤヌシュ・コルチャックがゲットーで書き残した言葉—ウイルスとウイルス恐怖症に覆われる世界[8]-(松沢呉一)

与謝野晶子が描くスペイン風邪の恐怖—ウイルスとウイルス恐怖症に覆われる世界[7]」の続きです。

 

 

他人に合わせることで安心して他人に合わせない人を排除するクズ

 

vivanon_sentence前回出した与謝野晶子によるスペイン風邪に関する記述を読んで、「この頃は大変だったのだなあ」と改めて思いました。今だって大変だし、与謝野晶子と同様、意味のないことをやって、やらない人を野蛮だと感じる人たちはいるでしょう。

マスクの効果は限定的であり、その限定された条件とは無関係のところでする意味はない。それでもマスクを「する/しない」は個人が決定すればいい。人は何かで安心感を得たいわけで、それがマスクの人はそうすればいいし、私は納豆です。と言うほど、食ってないですが。あるいは硫黄を吸いたい人は吸えばいい

マスクもその程度のものなのに、ジョギングする人がマスクしていないとギャーギャー言っている人もいるんですってね。運動時にマスクをしていて死んだケースが中国では複数出ていたわけで、ジョギングしている人たちも死ねと。

市販のマスクくらいじゃ死なないでしょうけど、市販のマスクじゃする意味も低い。とくに屋外で、人とすれ違っても走り抜けるだけの人がマスクをする意味は何もない。

ジョギングの際にフェイスシールドをしてもいいんでしょうが、あれは風圧を受けると変形して邪魔です。私も雨除けとしてフェイスシールドをして歩いていて、風で飛ばされそうになりました。もうひとつの難点は顔は濡れなくても、体が濡れますので、傘の代わりにはならないことです。実際にやらんでもわかりましょうけど、私は身をもって確認しました。

しかし、通常の環境において、フェイスシールドは唾液を飛ばさず、目からの感染を防ぐという点でも効果的です。経済性で言っても表情が見えるという意味で言ってもナッジ効果から言っても、マスクよりフェイスシールドに軍配が上がるのに、いまだ電車の中でしている人は見たことがない。

結局のところ、周りがマスクをしているから自分もマスクをするだけであって、その意味までは考えていない。フェイスシールドの方が予防効果があるとわかっても、周りがしていないからしないだけ。

その程度のものなのに、「マスクをしている私」に意味を感じてしまうのは、考えることを放棄したクズです。

An inhalatorium. Pic: Kodak Australasia 「与謝野晶子が描くスペイン風邪の恐怖—ウイルスとウイルス恐怖症に覆われる世界[7]」に出した写真の別ヴァージョン。硫黄を吸った女工さんたちも、「硫黄を吸ってない人は野蛮だ」と思ったんじゃないでしょうか。

 

 

ヤヌシュ・コルチャックの言葉

 

vivanon_sentenceナチスの失敗・禁酒法の失敗—矯風会がフェミニズムに見える人たちへ[禁酒編 2]」で軽く取り上げたダイアン・アッカーマン著『ユダヤ人を救った動物園――ヤンとアントニーナの物語』に、ユダヤ系ポーランド人の児童文学作家であり、教育家でもあった医師のヤヌシュ・コルチャック(Janusz Korczak)のエピソードが出てきます。どういう人だったかは、Wikipediaを見てください。

彼がワルシャワ・ゲットーの中で残した日記帳の言葉がこの本には紹介されています。

 

何をするにも、考えることを決して忘れないようにすることだ。

 

彼はやがて殺されるであろうことを察知していたでしょうが、死の恐怖を前にして考えなくなってしまうことを怖れたのだろうと思います。

ワルシャワには救援活動をしていたグループがあって、そこからの誘いがあったのですが、彼は子どもらを残してゲットーから自分だけが脱出することを拒みました。

1942年8月6日、ゲットーから絶滅収容所のひとつであるトレブリンカ強制収容所(Konzentrationslager Treblinka)に移送される時に、コルチャックは子どもらに一番大事なオモチャを持ち、一番いい服を着るように命じました。

絶滅収容所では労働力にならない子どもは到着してすぐに殺していて、この時も子どもらを先に移送させたようですが、コルチャックはそうした方が子どもが安心するだろうからと、ともに絶滅収容所に行きます。

貨物積み替え場で、192名の子どもたちを連れて歌を歌い、ダビデの星の旗を掲げながら行進した写真が残っているとこの本には書かれていて、検索したら以下が見つかりました。

 

 

Ele poderia ser salvo, mas preferiu ir com suas crianças para a morte

 

 

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