個人のものであるべきセックスを管理しようとしたのがナチスの失敗—ナチスと婦人運動[ボツ編5]-(松沢呉一)
「同性愛と堕胎は同じく民族の敵—ナチスと婦人運動[ボツ編4]」の続きです。
厳罰化すれば犯罪は減ると考えるのは幼稚
ナチスの発想は幼稚です。国民の行動は政府が把握して管理すればいい。それに反する者は法律で罰せばいい。それでも効果がなければ重罰化すればいい。それでも効果がなければ処刑して、反抗的な遺伝子を絶やせばいい。そういう発想。
逃亡兵がいると、家族までを処刑する。敵国に逃げてしまったら、処刑することができないので、そうすることで抑制することを期待する。自分がここで逃亡すると、田舎にいる家族を殺させてしまうのだと踏みとどまるわけです。家族までを処罰して個人の行動を抑制するのは全体主義の常套手段です。
憲法を無視した段階でナチスは無法集団と化し、それが人々を脅えさせました。何で捕まり、何で強制収容所に送られるかもわからないので、何もしないのがもっとも賢明です。あるいはひたすらナチスに忠誠を誓う。これが狙いだったとも言えなくもない。
権力の側にある者は法を恣意的に適用するため、法に反して私服を肥やす。北朝鮮もそうであるように、自分らは不当に利益を追及し、下には厳しい。独裁制は人間のエゴを加速させる制度です。
中国共産党が賢いのは、国民は国民の利益追求を奨励したことです。自分も儲かれば大半の国民は文句を言わない。表現の自由、思想の自由、民主主義なんてもんより金が欲しい国民と化しました。香港の民主運動が潰されようと、ウイグル人が殺されようと、自分の財布が大事。これを国外にまで拡大しています。
※Schlurfs‘ und die internationale Jazz オーストリアのスウィング・ユーゲントであるシュルフ。
厳罰と戦争が抵抗を生んだ
ナチスドイツも戦争前までは個人の利益追求ができたので、ナチスを支持していた人が圧倒的に多かったわけですが、戦争が進むに従ってそうはいかなくなります。
物資は足りない、食い物も足りない。女たちにとってはセックスしようにも男が足りない。若い男たちは戦地に送られて次々と死んでいく。そこからナチスの道徳に対する抵抗が始まりました。
いざ抵抗しようとすると、たちまち死が待っています。これに戦争による死が加わって、死が日常化していきます。どうせそのうち戦争に行かされて死ぬ。戦争に行かされなくても空襲で死ぬ。だったら好きなことをやってから死んだ方がいい。子どもや女たちを享楽的、刹那的な行動に追い込んだのは厳罰と戦争でした。
もともと全体主義と親和性が高く、上の者に従う性質の強いドイツ人たちの中から、BBCのラジオを聴き、ビラまきをし、ユダヤ人を救出し、ヒトラー暗殺計画を実施し、ジャズで踊り、異民族とセックスをするのがああも出てきたのが不思議ですが、厳しく取り締まろうとすると、こうなるのだと思います。厳罰こそが抵抗者を生み出したのではないか。
※Boy in Hamburg searching for food in a garbage bin. スカートを履いているように見えますが、男の子のようです。
『ナチ・ドイツ清潔な帝国』と『闇の女たち』の共通点
H・P・ブロイエルが『ナチ・ドイツ清潔な帝国』で提示した視点は『闇の女たち』の視点と重なります。
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