松沢呉一のビバノン・ライフ

暗殺失敗、そして大量処刑—ロジャー・マンヴェル/ハインリヒ・フレンケル著『ゲシュタポへの挑戦—ヒトラー暗殺計画』[下]-(松沢呉一)

ナチスに反対するために連合国に情報を流していたドイツ国軍の軍人たち—ロジャー・マンヴェル/ハインリヒ・フレンケル著『ゲシュタポへの挑戦—ヒトラー暗殺計画』[中]」の続きです。

 

 

ホロコーストがヒトラー暗殺の動機になった

 

vivanon_sentence国軍内陰謀グループに対するゲシュタポの追及が始まったのは、そこに踏み込むことを抑えてきたハイドリヒがいなくなったためのようにも見えますし、暗殺計画が具体的になってきたことにもよりましょう。

スターリングラードの敗退が大きな契機となり、この頃から慎重派だった国軍内部の人々も、クーデター支持、少なくとも容認する人々が続々とが出てきます。

1942年秋には、ルートヴィヒ・ペックカール・ゲルデラーフリードリヒ・オルブリヒトヘニング・フォン・トレスコウの4者が会合を開き、ヒトラー殺害計画が練られています。

カール・ゲルデラーはライプツィヒの元市長。ナチスのユダヤ人の迫害に反対し、ナチスにも反対していた数少ない政治家で、市長を辞職して、反ナチスの活動に専念。ゲルデラーはそれまでヒトラーを逮捕して法に基いて裁くことを主張し、暗殺には反対していたのですが、この頃から暗殺やむなしに転じています。

オルブリヒトは陸軍歩兵大将。

トレスコウは東部戦線の作戦参謀で、これ以降の暗殺計画の中心人物。

軍人たちが東部戦線で無為に死んでいくことが耐えられなくなったということもありましょうし、負けが決定的になったため、ドイツの損失をできるだけ小さくして敗戦に持ち込みたいとの戦後処理を踏まえた冷静な判断もあったでしょうが、この陰謀者たちはおおむね反ファシズムと思われます。右派でも反ファシズムは当然います。

この頃にはホロコーストも始まって、ユダヤ人の迫害にも反対していた人々が国軍内に多かったことに注目です。ドホナーニのようにユダヤ人救出に手を貸したのいましたし、そこまで至らずとも、陰謀者の多くはそこに反対していて、情報部ではユダヤ人も起用しています。第一次世界大戦では在独ユダヤ人たちが大いに戦功を残していますから、それを裏切れなかったとの事情もありそうです

もちろん、すべてではなく、たとえば1944年7月20日の暗殺計画の実行犯であるシュタウフェンベルクはユダヤの抹殺を当初は肯定していました。最終的にはヒトラー暗殺はユダヤ人迫害をやめさせるためということに合意していたようですが、一方で、アクセル・フォン・デム・ブッシェはウクライナでユダヤ人の大量虐殺を目撃して、陰謀グループに参加し、暗殺計画に深く関与しています。ユダヤ人問題がヒトラー暗殺の動機になっているのです。

Wikipediaよりカール・ゲルデラー

 

 

政府の裏切り者になっても、良心の裏切り者にはならない

 

vivanon_sentenceトレスコウらは1943年3月21日、ヒトラーが乗った飛行機を爆破しようとしますが、装置が作動せず。

1944年1月、モルトケが逮捕されます。これにともなってアンカラにいた情報部の責任者が夫婦で英国に逃亡。これでカナリスの立場が悪くなり、ヒトラーはカナリスにつかみかかって罵倒。このあと、軍情報部は解体され、ヒムラーの管理下に。

それでもカナリスの果たした役割はまだ知られておらず、カナリスは逮捕はされず、解任されたのみで、こののち、通商・経済戦争特別司令部部長に就任しています。

そして、暗殺とそのあとの体制作りを含む1944年7月20日のヴァルキューレ作戦を迎えます。ヒトラー暗殺の後、ナチスの主要人物はすべて逮捕する予定でした。

1943年4月、チュニジアでの英軍との戦闘で銃弾が頭蓋骨を貫通して左目を失明、左手は2本の指を失ったシュタインベルクが実行することに。こんな負傷兵であれば疑われにくい。

シュタインベルクはこう言ってます。

 

「今、何かが行われる時が来ました。しかし、あえて何かをする人は誰でも、彼がおそらく裏切り者としてドイツの歴史に残ることを知っている必要があります。しかし、そうしなければ、彼は自分の良心の裏切り者になるでしょう。[…]この無意味な人身御供を防ぐためにあらゆることをしなければ、私は堕落した妻と子供たちを見ることができませんでした。」

 

ヒトラーが出席する会議にシュタインベルクが高性能の爆薬が入ったカバンを持込み、起動装置を入れてからシュタインベルクは電話がかかってきたと外に出て、爆弾が爆発。

 

 

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