日本の風俗産業を知るための資料としてこだま著『夫のちんぽが入らない』を薦めた—ドキュメンタリー映画で語った日本の風俗産業[2]-(松沢呉一)
「なぜ日本の風俗産業は巨大なのか—ドキュメンタリー映画で語った日本の風俗産業[1]」の続きです。
『夫のちんぽが入らない』から読み解く日本の夫婦と性風俗
私は日本の風俗産業を解釈する的確な資料としてこだま著『夫のちんぽが入らない』を監督に推奨しました。意外かもしれないですが、あの本ほど、日本の性のありよう、夫婦のありようを見事に表現した本はなかなかないと思います。
『夫のちんぽが入らない』が日本を理解するのに意義のある本であるとの視点は「共感できない夫婦—『夫のちんぽが入らない』における「ちんぽ」の考察 5」「セックスに向き合わない社会の中で—『夫のちんぽが入らない』における「ちんぽ」の考察 6」「第二幕が始まる予感—『夫のちんぽが入らない』における「ちんぽ」の考察 7」「セックスを語れない社会の末路—『マゾヒストたち』[無料記事編 15]」を読んでいただければおわかりになりましょう。
それらにおいて、私は夫婦間で問題を語り合い、解消するために夫婦で奮闘することがなかったことに奇異な思いがありました。この夫婦は、ゼリーやローションをさまざま試してみたり、ディルドで広げてみたり、知人に相談したり、病院に行ってみたり、ハプバーに行ったりなど、解消する方法を探さずに、夫はヘルスに行き、妻は出会い系で知り合った男たちとセックスをします。夫婦ともに性欲の発散方法を見出して、結局、夫婦関係は安定します。
私はそれが理解できなかったのですが、うまくいっているのだから問題なし。
ここでもうひとつ不思議だったのは、私と同じような疑問を抱いている人が見当たらなかったことです。ネットでは多くの人がこだま夫婦のありようを受け入れている。
これもどこかに書いたと思いますが、こだまさんが参加したイベントがあって、そこで彼女は「インターネットで、どうして図書館や病院に行かなかったのかといった疑問も見ましたが、そういう発想はまったくありませんでした」と話していたそうです。
その場にいた人物は「そんなことを書いていたのは松沢さんくらいだから、たぶんこだまさんは『ビバノン』を読んだんだと思いますよ」と言ってました。
いよいよ不思議。彼女にはそういう発想がなかったのが不思議。上にハプバーと書きましたが、夫婦でハプバーに行き、夫がデカチンを入れられる相手を探し、妻は小さいチンコの相手とセックスし、互いにそれで興奮すればいいって意味です。セックスまでしなくても、あれやったりこれやったりするところを見せ合ってもいい。あるいは経験豊富な人たちがいますから、相談したっていい。
そこまでは思いつかず、思いついても実行できなかったのは理解できますが、図書館で調べたりするくらいできるじゃないですか。医師ができるのは、膣の切開くらいだろうと思いますが、他にどうしたら拡張できるのかくらいのアドバイスくらいはしてくれそうです。
日本では性の悩みをどう解消するのか
ここではそれがいいことか否か、問題の解消になるのか否かという評価は排除して、こだま夫婦について、さらには日本の夫婦一般について考えてみます。
彼女と夫は性器の挿入ではない性の障害に直面しても、同じような方法で解消しただけで、夫婦で手を取り合って解消する努力をしなかったかと思います。セックスを語り合うことをしない。セックスにおいて「こうして欲しい」「ああして欲しい」と言い合うこともしない。するかもしれないけれど、とくに差し障りのない範囲だったと思います。内容にもよりけりで、「子どもができない」ということだったら、専門の病院に行ったり、知り合いに相談したんじゃないでしょうか。
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