松沢呉一のビバノン・ライフ

であるなら安全に遊べて安全に働ける環境を—ドキュメンタリー映画で語った日本の風俗産業[5](最終回)-(松沢呉一)

日本の風俗産業が細分化されている理由—ドキュメンタリー映画で語った日本の風俗産業[4]」の続きです。

 

 

私の場合

 

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このインタビューは、当初、客の立場で語る人を探しているということから、私のところに話が来ました。店の経営者、働く者、弁護士などに話を聞いても空白になっている部分が埋められない不満があったのだろうと思います。

この穴埋めは客に聞いても難しい。どこどこの店の何々ちゃんのことは勝たれても、客は全体像を見ているわけではありません。働く者に聞いても同じです。自分の働いている店とその客のことはわかっているだけ。長く業界に携わっている経営者の場合は多数の客に会っていて、働く者たちとも接点をつねに持っており、法律にも精通していますから、「おっぱい募金」の際に、「風営法違反だ」と騒いだ法律知らずの弁護士たちよりはるかに信頼できます。騒ぐ前に条文くらい読めよ。

それでも経営者からはしっくり来る回答は得られなかったのではなかろかうか。

その点、私の言葉はその穴埋めをある程度できたのだろうと思います。私の思い上がりではなくて、インタビューはここまで書いてきたようなことで終わってしまいました。ある程度の成果を得たのだろうと思います。私は私が性風俗店に頻繁に行っていた理由も用意していたのに。

ここまで語った話に私は合致しないのですが、説明しておかないと、私も私の持論のひとつの例なのだと思われそうです。

そこで私は「あ、私自身がなぜ性風俗を利用してきたのかについて語ってないので、それを最後に語らせてください」と申し出ました。これはこれで全体を見るのにいいサンプルになるだろうと思いまして。

私はこんなことを語りました(実際にはここまで細かく話したのではないのですが、より正確にするために補足してます)。

「今は暇ですが、30代から40代にかけてはムチャクチャ忙しかったんですよ。普通につきあうとラブホに行って2時間過ごすだけでは終わらないじゃないですか。買い物につきあって、食事をして、カラオケに行ったりしたあとラブホに行く。場合によっては昼からデートが始まる。翌日の朝までラブホで時間を過ごし、そのあとまた朝飯を食べて。といったように翌日も半日つぶれる。時には何日も一緒にいる。もともと人と長時間いることが好きではない上に、それだけの時間を使うデートを毎週やるのは辛い。だったら、時間を節約するために金を払った方がいい。どっちにしても金を使うのだから、私にとっては両者の間に大きな違いはなくて、そもそも性風俗で使う金やそこでの行為は汚くて、恋愛で使う金や行為は清く正しく美しいなんてことはない。店で会う関係であっても、けっこうな時間、ダベりますから、その間、互いに何をしていたのかもわかっていますし、あっちもこっちも、どっかに行くと土産を買ってきて渡します。店の外で会うことがあっても、互いに忙しいので長時間一緒にいるようなこともなく、以降も店で会ってました。その方が私はよくて、簡単に言えば時間を金で買ってました。そうはっきり自覚しているわけではなくとも、また、程度は違っても、少なからぬ客に広く共有されるところだと思います」

※歌舞伎町のライブハウスMARZ

 

 

日本の労働環境と住環境による風俗産業の必要性

 

vivanon_sentenceここからつなげて、「個人の時間がない」ということが、性風俗産業が必要とされる理由になっているという話もしています。

単身で暮らす若い世代だったら、大半は職場から片道1時間もかからない場所に住んでましょうが、結婚して子どもがいて家を買うとなれば、通勤に1時間以上かかるようになります。都内に職場があっても、埼玉や千葉、神奈川に住む。

音楽業界時代によく聞いた日米比較として、こんな話があります。ニューヨークに住んでいる夫婦だと、仕事のあと家に帰って夫婦で食事をして、それから夫婦でコンサートに行く。だから、向こうの客は年齢層が高く、対して日本では十代、二十代がメインで、歳をとるとコンサートに行かなくなります。実際、ニューヨークのジャズ・クラブだと、最終のライブは夜の9時、10時で、来ているのは中高年も多く、夫婦らしきカップルも目立ちます。

しかし、日本では今も残業が当たり前の職場が多いですから、9時に会社を出て、11時には帰路につかなければならない。12時過ぎに家に着いて、それから夫婦で語り合うなんてことはできない。まして夫婦でそれからどこかに出掛けることもできない。疲れていて、セックスする気もなくなるでしょう。相手は母としての妻だし。

職場を出て帰りの電車に乗るまでで2時間しかない。同僚と居酒屋に飲みに行って愚痴を吐き出すのもいるでしょうし、キャバクラに行く日もあるでしょう。給料日あとは必ず性風俗店に行くのもいるでしょう。この2時間でストレスを発散し、性風俗では性欲を発散するわけですが、性風俗店で射精だけが目的になる人だけではなく、とくに毎回同じ相手を指名している客は、別の時間を求めています。無責任な関係だから話せることを話せています。

 

 

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