松沢呉一のビバノン・ライフ

小学館・第一コミック局編集者一同「作家の皆様 読者の皆様 関係者の皆様へ」を読む—彼らがはっきり言えなかったことを代弁する-(松沢呉一)

遅ればせながら「セクシー田中さん」の件—再発防止策くらい出さないと、小学館は漫画家と読者の信頼を失うぞ」の続きです。

 

 

原則、肯定的に私は受け止めました

 

vivanon_sentence遅ればせながら「セクシー田中さん」の件—再発防止策くらい出さないと、小学館は漫画家と読者の信頼を失うぞ」を書いたあと、ネットに溢れる批判と、漫画家たちの突き上げによって、やっと小学館は「芦原妃名子先生のご逝去に際して」、第一コミック局編集者一同は「作家の皆様 読者の皆様 関係者の皆様へ」を公表。

私は小学館と仕事をしたことがほとんどないため、その社風みたいなものは伝聞でしかわからないのですが、お坊ちゃん、お嬢様育ちのおっとりしたタイプが多い印象があります。だからチンピラ風情の私には縁がありませんでした。

週刊誌や漫画雑誌の現場はそう長閑なはずもないでしょうが、今回のことで、漫画編集部が社の姿勢に強く抗議し、社長室に編集者が詰めかけて、社長を吊し上げたなんてことはありそうにない。しかし、漫画家たちと直接接点のある編集者たちは、社の姿勢にそれ相応の反発をしたであろうことは想像できます。このまま黙って時が過ぎるまで待つなんてことをやったら、今後、雑誌作りなんてできなくなることは編集者たちが一番よくわかってますから。

事実、「芦原妃名子先生のご逝去に際して」と作家の皆様 読者の皆様 関係者の皆様へ」は、込められた思いの量が全然違います。編集部の言葉に対しても批判が続いてますが、とくに芦原妃名子と仕事をしたことのある編集者は、穏やかでいられるはずがない。会社としては腰が引けている中、ともあれ意思表示をしたことを私は肯定的にとらえています。外向けにはこれ以上説明しないとしていた小学館が同時にコメントを出したのは、編集部だけコメントを出させるわけにはいかず、渋々体裁を整えたのではないか。

すべて推測でしかないですが、その中身を検討すると、編集者たちは、今回の事態に対する悔いや腹立たしさを抱えているだろうことが十分に読み取れます。

 

 

ちょっと気になったこと

 

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小学館第一コミック局編集者一同「作家の皆様 読者の皆様 関係者の皆様へ」の最後のパートは賛否が分かれていますが、私は「否」とまでは至らないながら、「いらんかったんでないかい」と思いました。

 

 本メッセージを書くにあたり、「これは誰かを傷つける結果にならないか」「今の私たちの立場で発信してはいけない言葉なのではないか」「私たちの気持ち表明にならぬよう」「感情的にならぬよう」「冷静な文章を……」と皆で熟慮を重ねて参りました。
 それでもどうしてもどうしても、私たちにも寂しいと言わせてください。
 寂しいです、先生。

 

編集者たちの偽りのない気持ちであることを疑うものではないですが、これは個人名で出すべき言葉だと思います。編集部名で出す文章は、誰かが原案を書いて、皆で検討して、文章を削ったり、加えたり、言葉を入れ替えたりして完成させるわけですが、熟慮を経て、この一文を残したのですから、偽りのない気持ちであることに重ねて、「こういう文章を入れた方がウケるんじゃね?」といった計算が働いたのだろうとの推測をどうしてもしてしまいます。

個人名で出す言葉であれば素直に受け取れるのに、集団が検討した言葉だと計算が入っているように受け取れてしまうのです。最後まで個人で奮闘した漫画家に敬意を表するなら、個人の責任でやるべし。

ま、それはいいとして。

 

 

今さらながらに著作者人格権を持ち出した意図

 

vivanon_sentenceこの文章で印象に残ったのは、「私たちが語るまでもないことですが」との前置きをしながら、著作権には財産権著作者人格権があることを説明している点でした。この2種の著作権は運用上も大きな違いがあって、著作権法の解説書の類では必ず説明されていることであり、「ビバノン」でも、何度か説明しています。これを改めて取り上げたところに、編集部がもっとも言いたかったメッセージがあるのだと私には思えました。

 

 

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