柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『恋する男』 この無名監督のデビュー作になんで世界的巨匠のスコリモフスキがコメントを寄せてるんだ!? しかしいい映画を配給してるからって、すばらしい映画が作れるわけじゃない

公式サイトより

恋する男

監督 村田信男
脚本 村田信男、佐向大
撮影 マチェイ・コモロフスキ
編集監修 イエジー・スコリモフスキ
音楽 井出泰彰
出演 小木茂光、佐々木心音、出口亜梨沙、鵜飼真帆、黒木映莉花、赤松由美、松井勇人、上西雄大、工藤俊作

 

ホームページを見ると、まずびっくりするのが推薦文を寄せている面々である。

この作品には誠実さと人の心を動かす力、そして溢れんばかりの情熱がある

–イエルジー・スコリモフスキ

逃れられない孤独から妄想にとりつかれる男を描いた、この処女作は驚きである

–ホセ・ルイス・ゲリン

村田信男はその優雅で繊細な才能で、ユーモアに富んだ恋する男の肖像を描き出す

–エリーズ・ジラール

 

しかもスコリモフスキはなんと「編集監修」という聞き慣れないクレジットで参加している。この無名監督のデビュー作になんで世界的巨匠がコメントを寄せてるんだ!?と思うところだが、この村田信男氏がマーメイド・フィルムの代表取締役であることを知れば疑問氷解する。マーメイド・フィルムはゴダール、トリュフォー、シャブロルといったヌーベルバーグの巨匠からクストリッツァ、ゲラン、スコリモフスキとシネフィルなら足を向けては寝られないラインナップを配給している。もちろんぼくも大いにお世話になっている。まあそういうコネをフル動員してコメントを集めたということか。しかしいい映画を配給してるからってすばらしい映画が作れるわけじゃないというのはもちろんのことで……

妻子に逃げられた挙句、長年勤めた会社のリストラ対象となってしまった男、小田光男。勢いで独立することにした彼が出会ったふたりの女。ひとりは夢を追いかける癒し系ホステス。もうひとりは彼の仕事をサポートする才女。タイプの違うふたりの間で揺れ動き、心ときめき過ぎていろいろやらかしてしまう悲しい性の小田。はたして“恋する男”に本当の幸福はやってくるのだろうか……

というあらすじからまあダメ男映画なのね……という読みは正しいのだが、これ、要するにホン・サンスです! ホン・サンス風ダメ男映画。ホン・サンスはいまひとつ乗れない監督なのだが、こうしてエピゴーネンが出るくらいには人気なのだね。これを見るとホン・サンス作品がなかなか微妙なバランスで出来上がってるのがわかる。普通に見てると主人公へのイライラしか湧いてこず、少しも同情できるところがない。女性への目線が不愉快きわまりないのだ。モテまくるダメ男が失敗する……という世にもナルシスティックな映画である。

 

 

主人公、小田光男(小木茂光)は妻子に捨てられ、バツイチの中年男(妻がなぜ家を出ていったのかはあきらかにされないのだが、後段の展開を見るかぎり、まあ、女ですな)。会社でも出世コースをはずれて早期退職か千葉の倉庫番かの二択を迫られる。ちょっと考えてきます……とカメラ片手にパワースポット巡りに出かける。といっても駅前にいる美人を隠し撮りしようとして見咎められたりしているくらいで、邪念の塊だ。出かけた先は茨城の御岩神社。ところがそこで先の美人を連れた大学時代の先輩斎門(工藤俊作)と出くわす。芸能事務所をやっているという斎門に言われて会社を早期退職し、翻訳出版の会社を立ち上げることにする。そのまま斎門に連れられて銀座のクラブに行った小田、ナンバーワンのシノ目当てに一人で店を再訪すると、そこでついたワインソムリエ志願の若い娘瞳(出口亜梨沙)に一目惚れ。すぐ彼女に指名を変えて、以後同伴&アフターでデートを重ねる(おいおい銀座のクラブは永久指名で指名変更はご法度なんじゃなかったのか)。

ってなあ、翻訳出版で銀座のクラブに通えるほど稼げませんから! とりあえず歌舞伎町のガールズバーくらいにしときなさい!

 

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tags: イエジー・スコリモフスキ マチェイ・コモロフスキ マーメイドフィルム 上西雄大 井出泰彰 佐々木心音 佐向大 出口亜梨沙 小木茂光 工藤俊作 村田信男 松井勇人 赤松由美 鵜飼真帆 黒木映莉花

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