大阪市の条例とFacebookの規約-朝日新聞を添削する 8-(松沢呉一) -2,833文字-
「目的論と効果論-朝日新聞を添削する 7」の続きです。
再度大阪市のヘイトスピーチ条例
ここまで書いてきたことを踏まえて、大阪市の「ヘイトスピーチへの対処に関する条例案」をもう一度見てみましょう。
よく考えられているのですよ。
前に確認したように、不特定多数に向けていることと同時に、目的と様態のふたつの側面を要件にすることで拡大することを防いでいます。
第2 定義
1 「ヘイトスピーチ」とは、次に掲げる要件のいずれにも該当する表現活動をいう。
(1) 次のいずれかを目的として行われるものであること(ウについては、当該目的が明らかに認められるものであること)
ア 人種又は民族に係る特定の属性を有する個人又は当該個人の属する集団(以下「特定人等」という。)を社会から排除すること
イ 特定人等の権利又は自由を制限すること
ウ 特定人等に対する憎悪若しくは差別の意識又は暴力をあおること(2) 表現の内容又は表現活動の態様が次のいずれかに該当すること
ア 特定人等を相当程度侮蔑し又は誹謗中傷するものであること
イ 特定人等(当該特定人等が集団であるときは、当該集団に属する個人の相当数)に脅威を感じさせるものであること(3) 不特定多数の者が表現の内容を知り得る状態に置くような場所又は方法で行われるものであること
他ふたつの要件を満たしていても、ここに挙げられた目的が存在しなければ、ヘイトスピーチにはならないという考え方です。
冗談のつもりで書いたものが拡散されて、冗談を成立させる前提を共有しない人たちが見て、「差別表現だ」と騒いだところで、客観的にそれが冗談だと見なすことができれば目的の要件を満たさない。その人物が他でどういう発言をしているのかまでを見れば十分に判定可能でしょう。
この条例であれば、いわゆる言葉狩りのようなことも起きません。
路上の表現の特性
それでも面倒な判断を迫られるケースがどうしても出てきてしまいます。
その点、デモや街宣における言葉の意味はそのデモや街宣の趣旨に規定されます。目的が明確ですから、そこではフィクションであるとの主張、冗談であるとの主張は成立しにくく、フィクションや冗談が成立する前提や文脈がそこには存在しにくい。
なおかつ、デモは主催が存在します。主催する団体や個人が掲げる主義主張によっても、意味が確定されやすいわけですから、その主催がどういう考え方をしているかを見ることで、誤解なくヘイトスピーチだと認定できます。
路上の表現と、媒体を通した表現とは質が違う。このことを考慮せずに、差別表現が成立する範囲を拡大して条例や法律を作ろうようとする人たちがいるから、ヘイトスピーチの法的定義さえ作れないでいるのです。
大阪市の条例も審議は進んでいないようで、差別に対して鈍感な議員が多いことだけが理由ではなく、差別表現に鈍感なあまりなんでもかんでも入れこもうとする議員が多いこともまた理由になっているんじゃなかろうか。とっとと抵抗のないところで留めた条例を作った方がいい。まずは路上のデモ、街宣を対象にするだけでいいじゃないですか。
Facebookの規約を検討する
当然ながら、法は厳密さが求められます。そのために、適用されない領域がどうしても出てくる。まさに、今ヨーロッパで起きていることです。
それに比して、よりアバウトに規約が作られ、運用についても法律ほどの厳密さが求められないであろうFacebookであればまだしも対応ができるはずです。
とりわけはすみとしこによる該当のイラストについては、シリア難民の少女をモデルにした写真を元にしていたわけですから、ここでシリア人に対する誹謗中傷であるという論理が成立し得る。
また、はすみとしこという人物の背景を加味することも可能でしょう。いかに他で差別的発言をしてきたか、いかにデマをばらまいてきたかを考慮して、該当のイラストもその思想に基づくのだと判断することも可能。法的にも可能ですけど、規約の運用はもっとゆるやかにこれをやることができるはずです。
これによってコミュニティ「はすみとしこの世界」や蓮見都志子個人のアカウントをとっとと削除してしまえばこんなことにはならなかったでしょうに、なぜFacebookはそうしなかったのか。
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