見世物奇談・保奈美の初恋 第七幕-[ビバノン循環湯 136] (松沢呉一) -3,163文字-
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第七幕
最終日は昼の十二時半スタート。夜の十一時半まで続く。修羅場だった初日よりさらに長い十一時間の長丁場だ。
五百円玉を渡すため、保奈美ちゃんの親に会いに行こうとしていた月花は、開演時間が近づいて自分の準備のために小屋から離れられなくなってしまった。
そこに予想外のゲストが登場した。三人の警官だ。外にいたスタッフが月花を呼びに来た。
応対をしに出ていった月花に警官はこう説明。
「ここでゴキブリを食べている男がいると通報がありまして」
「食べてますけど、それが何か」
月花は事情を説明し、そのことは入口に表示してある旨を話して看板を示した。
警察官はそれを確認すると、こう言った。
「だったら何も問題はないですね。ゴキブリを食べていなかったら、詐欺になりかねないですけど、食べているんじゃこちらとしてはどうしようもない」
警官たちは笑いながら帰っていった。
※佐々木孫悟空が持ち歩いているゴキブリ。ペット用ゴキブリであり、家庭にいるのとは違うのでご安心を。と言われて安心できるわけでもないでしょうが。
これもあとになれば宣伝になるいいエピソードではあるのだが、いい気持ちはしない。通報してどうなるものでもないことはわかっていてなお通報するのがいる。嫌がらせだ。その悪意が不快である。
その話を聞いた孫悟空はこう言った。
「昨日倒れた女性か、その連れじゃないですか」
疑っては申し訳ないと思いつつ、喜んでいた客たちが通報するとは思えず、皆はそのカップルのことを真っ先に考えた。もちろん、話を聞いただけの誰かが通報したのかもしれないのだが、はっきりその存在を確認できている範囲で心当たりがあるのはあのカップルしかいない。
見世物の料金は後払いだ。今も昔も「お代は見てのお帰り」なのである。そうは言っても、払わずに帰る人はまずおらず、あのカップルも払って帰ったはずである。すべて見ることはできなかった。しかも気分が悪くなって、二人で千四百円を払ったことがあとになって納得できなくなり、嫌がらせをしたのではないか。
「犯人」を詮索して動揺すればするほど、通報した人間の思うつぼだ。開演時間となって、気分を入れ替えて彼らはステージに上がった。月花は五百円を渡しに行くことができないままだった。外のスタッフも、保奈美ちゃんの母親を探せず、もう保奈美ちゃんは来ないのかもしれない。
最終日とあって、今まで来た人たちがもう一度見ておこうと詰めかけ、話題を聞いた人たちが新たに詰めかけ、その人だかりを見てまた人が集まり、ステージの時間は短縮していく。演者たちが考えられるのは次のステージのことだけだ。
それでも孫悟空は時折保奈美ちゃんの愛らしい顔、自分を見る不思議そうな表情、頭を撫でた時の手のぬくもりを思い出していた。
「今日は来ないのかな」
小屋の隅々から入ってきていた、傾いた陽の光日が消え、代わって夜店の電球の光が差込むようになり、祭りは最後の高まりを見せる。その高まりは「もう終わりだ」との翳りをも漂わせていて、それがいよいよ祭りに来た人々の気持ちを落ち着きなく騒がせる。
演者たちも同じだ。初体験の孫悟空にとって、この七日間は今までにない辛い興行だった。七日間で、百回には満たないものの、それに近いステージをこなすことになる。それももう終わる。
孫悟空はいつも過剰だ。ゴキブリとミミズを食べておけば客が満足する場であっても、時にタランチュラを、時にサソリを、時にグソクムシを、時にユムシを、時にムカデを食べる。ものによっては一匹数千円から万単位するそれらの材料費でギャラは飛び、しばしば赤字になってしまう。
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