若き日の戸川昌子、湯川れい子、加賀まりこ—丸尾長顕著『粋女伝』1-(松沢呉一) -2,888文字-
粋な女たち
うちは本が山積みになっていて、時々崩れてくるんですけど、崩れてきた本の中に丸尾長顕著『粋女伝』(東京スポーツ新聞社・昭和43年)という新書がありました。読んでない本だったので、銭湯に行く時にポケットに突っ込み、電車の中で読み始めました。
丸尾長顕の名前で買っただけで、たいして期待もしていなかったのですが、これがなかなか面白い。タイトルから、歴史上の女たちを論じたものかとの予想は外れて、すべてこの時代に活躍をしていた人たちです。
どこにも記載がないですが、東スポの連載をまとめたもののようで、軽いタッチの交友録といったところ。
本文中にも「粋女」という言葉が出てきますが、はっきりとした定義があるわけではなく、人によって「粋」という意味合いも違います。「気が強い」「気風がいい」「人情味がある」「行動的である」「自由である」「独立心が強い」「度胸がいい」「惚れっぽい」といったものがすべて「粋」。
「粋な女」というと、和服が似合う芸者やら水商売の女たちのようでもあって、そういうタイプも出てきますが、どっちかというと現代的な生き方をしている方が多く、「イカす女」といったニュアンスかと思います。
丸尾長顕という人物
丸尾長顕は私が子どもの頃にはテレビによく出ていました。審査員みたいな役回りが多かったと記憶しますし、この本でも、「そっくりショー」の審査員の話が出てきます。
小学生の私はこの人がどこの誰なのかわかっておらず、どういう人かわかったのはずっとあとのこと。
戦前、宝塚歌劇団の前身である宝塚少女歌劇団の文芸部に入り、小説『芦屋夫人』が話題となり、この言葉が流行語に。先日、国会図書館で調べものをしている時に気づいたのですが、この本は発禁処分になってます。
戦後は日劇ミュージックホールのプロデューサーとして活躍。日劇ミュージックホールは、レビューの系譜に連なるヌードのショーをやっていても、ストリップとは違いますので、そこんとこ、誤解のないように。宝塚のお色気版と思っていただければ、そうは間違っていない。
そのプロデューサーであり、テレビの常連だった立場から、この本に登場するのは女優やダンサー、モデル、作家たちです。ダンサーはその時代であっても広く名前を知られていた人は少ないでしょう。東スポの読者は知っていたとしても。
当時は、女の魅力を磨くチャームスクールといったものが流行っていて、その仕事柄、丸尾長顕は講師として呼ばれることが多かったようで、チャームスクールの経営者も複数出ています。そんな人のことを私が知るはずもない。
当時は知られていても、その後、表舞台から消えた人たちもいて、取り上げられている35人のうち、私がはっきりと認知しているのは、島倉千代子、淡島千景、緑魔子、加賀まりこ、有馬稲子、瀬戸内晴美、戸川昌子、湯川れい子の8名のみ。
これ以外に古い雑誌などで名前を見かけたことがありそうなのがチラホラ。あとは知らん人。知っている人は知っているなりに、知らない人は知らない人なりに楽しめます。
※戸川昌子の写真は『粋女伝』より
戸川昌子は歌手として日劇ミュージックホールに出ていた
戸川昌子は作家になる前、日劇ミュージックホールで歌手として出演したこともあり、その時に、長尾長顕に「(作家の)弟子にしてください」と頭を下げてきたそうです。
関根庸子著『私は宿命に唾をかけたい』(光文社・昭和34年)という本があります。日劇ミュージックホールのダンサーが書いたもので、自分の体験を小説にしたもの。
文章はうまいのですが、計算高く、その計算が思い通りにならなかったことで、自分とセックスをした男たちへの恨みを綴っていて、そんなに面白い内容ではありません。
米兵が初体験の相手。これは金品が目当てでした。プロのパンパンではなくても、こういう女たちは少なくありませんでした。こういう女たちの行動を知る資料にはなりますが、さして売れなかったようで、以降、執筆は続かなかったのだと思われます。
彼女にこれを書かせたのは丸尾長顕で、序文をたしか書いていたはずです。戸川昌子も、おそらくこのことを知っていて、頼み込んだのでしょう。
しかし、関根庸子が小説を書き上げるのに苦しみ抜いていたことを見ていたため、丸尾長顕はこれを断っています。それから間もなく、戸川昌子は江戸川乱歩賞を受賞。見る目がなかったと大いに反省。
そういう経緯があったにもかかわらず、二人の交遊は続いて、この本では彼女が男について語った話が出ています。
戸川昌子のエッセイは買ったまま読んでいないので、読みたくなりました。本の山が崩れた時に出てきたら読みます。
絶対の平和主義者・湯川れい子
湯川れい子は「絶対の平和主義者」として登場し、「再び核兵器の持ち込みとか、徴兵制の復活とかゆうことになれば、彼女は勇んですわり込みに参加するという」と書かれています。ここは今の湯川れい子につながるところですけど、湯川れい子の章は「一夫一婦制に異議あり」というタイトルになっていて、一夫一婦制は不自然であり、遠い将来であれ、必ず崩壊すると彼女は言っています。
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