松沢呉一のビバノン・ライフ

半世紀前に生きるジャーナリスト—女言葉の一世紀 3-(松沢呉一) -2,274文字-

子どもをダシにして深夜番組に難癖をつけるジャーナリストと朝日新聞—女言葉の一世紀 2」の続きです。

 

 

「ジャーナリスト」の欠落した視点

 

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本シリーズの前々回前回取り上げた「朝日新聞」に掲載された、「ジャーナリスト」の肩書きを持つ中山治美さんによるテレビ評は、重大な欠陥があります。

ひとつは、前回書いたように、その番組が放映される時間帯を無視している点です。子どもが見るはずのない時間帯でも、子どもを持ち出してその表現に難癖をつける。「現に観てしまった私の不快感」は救済されるべきだと信じて疑わないのでしょうし、その時に子どもを持ち出せば人は屈服すると信じているのでしょう。

その結果、ゾーニングを無効化することも想像ができない。このジャーナリストは「おっぱい募金」反対署名にも平気で賛同しそう。

もうひとつの欠陥は、前々回書いたように、現実を無視している点です。中山治美さんは、「市川崑監督&脚本・和田夏十の映画版を愛する」と書き、それに比較して、テレビ版の言葉遣いを問題にしています。

しかし、オリジナルの「黒い十人の女」は1961年公開の映画です。昭和36年。半世紀以上経ってます。

女言葉がデフォルトだった時代—丸尾長顕著『粋女伝』4」で確認したように、「黒い十人の女」から7年後の1968年でも、あの本に登場する女たちはことごとく女言葉を使っていました。自由で奔放な行動をする女たちでも。

また、1964年公開の映画「乾いた花」では、女博徒も女言葉であったことも確認しました

前者は丸尾長顕が実際以上に女言葉にした可能性、後者は脚本家が実際には使われていなかった女言葉を使用した可能性もあるにはありますが、女言葉が崩れてくるのは、1960年代の末あたりからではないかと思われます。それまでは第三者が書き残した女言葉も、創作物に残る女言葉も、現実の言葉遣いに近いと思ってよさそう。

映画版「黒い十人の女」のDVD。主演は船越英二。テレビ版の主演は息子の船越英一郎。

 

 

時代に鈍感、言葉に鈍感

 

vivanon_sentenceそのことは、現在70代以上の東京生まれ、東京育ちの女たちが今なお女言葉を使っていることでもわかります。あとで見ていくように、これは階層や個人によっても左右されるのですが、たとえば加賀まりこは、いまなお「-わ」「-わよ」「-よね」といった語尾を使用しています。青春期に使用した言葉のままです。

同じ個人でも時代の影響を受けますから、人によっては使わなくなってましょうけど、おおむねこの世代は女言葉です。下の世代になればなるほど女言葉は使わず、私と同世代でも女言葉を使うのは圧倒的少数派ですから、1960年代末からの20年ほどの間に決定的な変化があって、1990年代にはギャグと化しました

変化が起きる前の時代に公開された映画と今のテレビの言葉遣いを比較したって、なんの意味もない。

それを今の時代のものとしてリメイクする際に重要なのは「今の時代にどういう言葉が使用されているのか」であり、脚本を書いたバカリズムの方が「ジャーナリスト」より数段現実を見ていて、数段言葉に意識的です。

「ジャーナリスト」はただの「私の実感」で言葉を発しているだけであり、その実感に根拠があるように見せかけようとして、半世紀前の作品を出しただけでしょう。

 

 

あみんの時代に生きるジャーナリスト

 

vivanon_sentence女言葉がデフォルトだった時代—丸尾長顕著『粋女伝』4」に書いたように、私自身は、テレビや印刷物を通したものを除くと、それほど女言葉に馴染みがありません。正確には「-わ」「-わよ」「-よね」といった東京弁としての女言葉に馴染みが薄い。それより方言としての女言葉でした。

大学に入学するために東京に出てきたのは1978年で、以降、大学であれ、学外であれ、つきあいのある東京出身者はむしろ少数であり、東京出身者であっても、ベタベタの女言葉を使わないのが多かったようにも思います。この辺の記憶は曖昧ですが、すでに時代からずれた言葉、他人行儀な言葉になっていたのではないか。

日常では徐々に減りつつあっても、その頃は、演歌はもちろん歌謡曲でも、ニューミュージックでも、ベタベタな女言葉の曲は存在してました。

 

https://www.youtube.com/watch?v=uZGT6UA7mys

 

これは1982年の曲ですから、私はまだ大学生で、この曲が大嫌いでした。無表情で歌われるこの内容が薄気味悪かったのですが、「-わ」という語尾も薄気味悪さを加速させていたかもしれない。

 

 

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