松沢呉一のビバノン・ライフ

女が「おれ」と自称する層—女言葉の一世紀 15-(松沢呉一) -2,511文字-

国家が推奨する男女のつきあい方—女言葉の一世紀 14 」の続きです。

 

 

 

永田尚著『ビューティ・スポット』から

 

vivanon_sentence武内真澄著『実話ビルディング』(昭和八年)から離れて、今回は別の本に出ていたものです。以下を読んでみてください。

 

「死ぬ、死ぬ、いいえ俺は死んでみせる。あれほど血の涙を出して酒を止めて呉れろ、お前が酒を止めないかぎり、大事な三人の子供を飢え死させにゃならん。せめてどうにか眼鼻のつくまで今少しの間酒を止めて呉れろと頼んだではないか。やめろやめろと言って家で呑まなくなってやれ安心と思ったら何の、お前は外で十銭づつ帰りにやってくるといふでねえか。おらあもうあきらめた、おらあもう死ぬよ。後は三人の子供を抱えてお前は暮らしてゆくがいいだ」

 

これは永田尚著『ビューティ・スポット』(先端社・昭和五年)の一文です。『ビューティ・スポット』はエログロナンセンスの香り漂う本で、雑多な文章の寄せ集めですが、面白い話が満載されています。発禁になっていて、私が所有しているのはその改訂版のため、空白部分が多いのが残念。ホントに腹立つ、検閲制度。

このセリフはある医者の語った話の中に出てくるものです。「嬶が毒を飲んだ」というので、医者が家に行ったところ、七転八倒するその妻が口にしたセリフです。女の言葉なのです。

引用文の続きをざっと紹介しておきます。

医者は苦しむ彼女を吐かるため、薬を飲ませようとするのですが、頑なに口を閉ざして拒否をします。どうしても死ぬのだと。

このままでは苦しむだけなので、医者は無理矢理注射を打ちます。 やがて彼女は吐き、吐瀉物を調べたら、未消化の食べ物が出てくるだけで、おかしなものを食べたわけではないよう。

どうも様子が変だと問いつめたら、やっと彼女は白状します。ダンナが酒ばっかり飲んでいるのが癪に障り、仕返しのために、今まで食べたことのなかった親子丼というものを一人で食べてみたら、食いなれなかったためか、腹痛になったのだと。

それを聞いたダンナが腹を立て、夫婦喧嘩が勃発し、医者は苦笑しながら帰ってきたというお話。鶏肉についていたキャンピロバクターで食中毒になったのでありましょうか。

 

 

女が「オレ」と自称する層

 

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つまりは、女が「(以下、「おれ」と表記)」と自称し、夫を「お前」と呼んでいて(以下、「おまえ」)、「おれ」はこの一ヶ所で、あとは「おらあ」。「おらは」のことですから、一人称は「おら」か「おれ」。「おら」は「おれ」が変化したものでしょう。

 

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