松沢呉一のビバノン・ライフ

カリスマ・カットモデルになりたい—美容院でカットモデルを初体験 下-[ビバノン循環湯 296] (松沢呉一) -4,207文字-

刈り上げはもっとも高度な技術—美容院でカットモデルを初体験 上」の続きです。

 

 

 

客の習性

 

vivanon_sentence美容業界に比して、理容業界は長期凋落傾向にあります。美容院の数は増えているのに、理容院の数は着々減っています。やっているのかどうかもわからない古い古い床屋をカウントしても、圧倒的に美容院の方が数が多い上に、新規開店が続いています。

若い世代は男でも美容院に通うのが増えていますから。その分、長期で見た時には美容マーケットは広がっています。しかし、美容師ブームになったところで、客が美容院に行く回数を倍にするわけはないのだから、需要が急増するはずはない。

「いくら男より女の方が行く回数が多く、客単価が高いとは言え、あれだけの数あって、よくやっていけてるよね」

「僕もよく新しい店を覗くんですけど、全然入っていない店も多いですよね。女の人たちは、一度店を決めると10年も20年も同じ美容師のところに通うので、客を抱えてから独立しないと、新規の店を始めても客がなかなか集まらないんですよ。客が来ない中で何年も辛抱できるかどうかだし、辛抱しても客がつかなければそれまです」

「開店時に金がかかるだけで、それ以降の支出は少ないから、売上げがそれほどなくても、やっていくことはできるのか」

「料金のほとんどは技術料ですからね」

だから、料金をもらわずにカットモデルを使って練習することもできます。時間を使うだけ。

「人を雇うとしても、人件費が安いので、なんとかやっていけているところが多いでしょう。労働時間は10時間以上で、美容師の給料は手取り8万円からですから。ここはもっといいですけどね」

遠くから様子を窺っている上司に気を使った発言でした。途中で気づいたのですが、上司は、鏡では見えないところで、こちらをつねにチェックしていたのであります。

前々から安いと聞いてましたが、8万円はないわ。もちろん、これはど新人の給料で、美容師個人に客がついてくると歩合が上乗せされるそうですけど、それでも20代だと10万円台が普通みたいです。

正規の労働時間以外にも、こうやって技術向上、技術維持のために時間を使いますから安過ぎです。耐えられずに辞めるのが多いわけです。

しかし、この安さがこの業界を支えています。

設備や内装など、開店当初にかかる金は別にすると、美容師を1人雇って人件費が15万円、家賃が15万円、光熱費や消耗品費などが10万円、広告費等が10万円。客1人が平均5千円以上落とすでしょうから、1日5人もいればなんとかやっていけます。10人いれば、先行投資分の借金を返済しつつ余裕でやっていけます。毎日セットするクラブホステスの客を何人か確保していればそれだけでもやっていけるわけですね。

だから、あんなに暇そうでも、なかなか潰れない。まして、何人も美容師を雇って、常に客が入っている店はいかに儲かっているかってことです。単価が高くてランニングコストの安い商売は強いです。「流行れば」の話であって、流行ればライターだって儲かります。

Kitagawa Utamaro「Two Ladies, Each with a Portion of a Lacquered Mirror」

 

 

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