松沢呉一のビバノン・ライフ

吉屋信子になれない女たちの仕事—女言葉の一世紀 73-(松沢呉一) -3,209文字-

モダンガールは貞操知らず–女言葉の一世紀 72」の続きです。

 

 

 

吉屋信子の生き方

 

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前回取り上げた川崎利太著『結婚読本』(昭和十一年)では、良妻賢母主義も顔を出しながら、そこにはさほど分量を割いておらず、当時の良妻賢母派婦人運動家たちよりはまだましかもしれない。「霊肉一致」派の婦人運動家たちも、これと五十歩百歩でしょうし、産児制限はそこから逸脱する性のありようを加速させかねないということから、日本の婦人運動家たちがマーガレット・サンガーに冷淡だったことも理解できます。所詮、その程度のものです、日本の婦人運動は。

その点、吉屋信子ってすごいな。急に名前を出しましたが、数日前に雑誌「」昭和十年八月号を読んでいたら、吉屋信子の記事が出ていました。

「吉屋信子さんの生活を覗く」と題されたその記事では、最後まで生活をともにした秘書の存在も書かれていて、婦人運動家としてカウントされることがまずない吉屋信子の方がほとんどの婦人運動家よりも男に依存しない生き方を実践しました。

この頃は下落合に豪邸があったらしい。なにしろ大人気作家であり、この記事によると、連載だけで月百枚以上、単行本や全集の印税を合わせると、月収千円以上だろうとのこと。今だと月収三百万円とか四百万円とか。そりゃ、男に頼る必要はない。

問題はここです。レズビアンにせよ、独身主義者にせよ、男に頼らずにどうメシを食っていくことができるのか。売れっ子作家ならできるとして、そんな才能のない多くの人は食っていくこと自体が容易ではありませんでした。

 

 

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