松沢呉一のビバノン・ライフ

秘密クラブの誘拐事件—SMクラブができるまで[上]- (松沢呉一)-4,228文字-

このシリーズは、文庫の作業をする上で、今のようなSMクラブができるまでの前史を調べている際に参照した自分の原稿をまとめなおしたもの。「スナイパー」「東京スポーツ」他に書いたものですが、大幅に手を加えているので、「ビバノン循環湯」の表示は外しました。内容は「ビバノン」用に直し、時制は現在に合わせてます。

 

 

 

創作か実話か?

 

vivanon_sentence昔の雑誌にはよく出てくるのに、今はほとんど使われない言葉がある。そのひとつが「秘密クラブ」だ。

戦前からこの言葉は使われていたが(その例は「校内で青姦していたのは佐伯祐三か?—奇談クラブ・猥談クラブ・秘密クラブ」を参照のこと)、戦後は使用頻度が一気に高まり、ブルーフィルムの上映会、全裸ストリップショーなど、各種の「秘密クラブ」が雑誌に登場する。その中にはウソ記事もあるが、実際に開かれていたものが多数あったことは間違いない。あくまで人目を惹くための雑誌の用語であって、そういう名称が実際には使われていなかったものもあるにせよ。

奇抜雑誌」(創文社)にも、よくエロクラブの話が出ていて、昭和24年5月発行の号には高澤与志夫「裸体クラブ探訪記」が掲載されている。

「アテネ倶楽部」は男女の会員が4,50人いるヌーディストクラブで、湘南の別荘に集まっては全裸で歓談したり、ダンスに興じている。自制できなくなる者がいるため、酒は御法度で、勃起した男がいると、すぐにつまみ出される。ここに著者が潜入する。この頃の創文社の記事はすべてウソ話なので、以下省略(創文社の雑誌群については拙著『エロスの原風景』参照のこと)。

続いてはおそらく実話と思われる秘密クラブ。「犯罪実話」八号(畝傍書房・昭和二三年十一月)の巻頭に長瀬郁太郎「秘密クラブの男」という記事が出ている。

ダンサーになったばかりの小夜子は、先輩ダンサーの令子に、金田一春彦なる元華族を紹介される。国語学者の金田一春彦とはもちろん無関係。

ある日令子は、金田一が一時借りている築地の邸宅に小夜子を案内する。邸宅に着いて、気づいてみたら令子はおらず、金田一と二人きりになり、小夜子は処女を奪われる。金田一は小夜子に求婚し、小夜子もその気になり、横浜・本牧にある別荘に行くことになるのだが、女中に彼女を引き渡すと、金田一はいなくなってしまう。

別荘というのは真っ赤なウソで、ここは秘密クラブであり、女中と称する女はその経営者であった。小夜子はここに十万円もの金で売り飛ばされ、客の相手をさせられる。十万円と言えば、現在の数百万円に相当する。経営者にとってはいい玉だったのだろう。

 

 

この世のあらゆる恥辱という恥辱を身に受けた。肉体も汚された(略)。それは娼婦以上の地獄の奴隷生活であった(略)。小夜子は一月半ほどこの秘密クラブでかかる生活を送っていたが、或る日、例によって男の云うことを聞かぬというので、その日も拷問にあった。あまりの鞭打ちに小夜子は気をうしなって倒れた。

 

 

こうして、小夜子は病院に運ばれるのだが、スキを見て逃げ出して交番に駆け込み、警察は秘密クラブを摘発、経営陣は一網打尽となり、その全貌がついに明るみに出た。その病院の院長までもがこの秘密クラブの会員で、女たちが逃げられないように協力していたのである。

金田一子爵の実体は元税務署職員の瀬戸口光雄という人物。いつの時代も似非華族、似非皇族といった詐欺師がいて、それに騙されるのがいるものだ。この男はダンサーを狙っては秘密クラブに売り飛ばしていた。小夜子にこの男を紹介していた令子はこの男の情婦で、二人とも誘拐で逮捕されて懲役刑になった。

 

 

「犯罪実話」という雑誌

 

vivanon_sentenceという内容。これまた一読して嘘くさい。

チンピラ風情なら金のために誘拐するのもいるだろうが、いかに自分の趣味だとは言え、病院の院長がそうもリスクのあることをするだろうか。発覚したら病院は続けられず、医師免許剥奪は免れまい。

また、瀬戸口光雄は繰り返し女を騙していたようである。そうだとしたら、複数の女たちがこの秘密クラブにはいるはずなのに、そのことは一切書かれていない。次々と逃げられたのか? 医者が殺して処理したのか? その可能性があるのに、どうして医者は逮捕されていないのか。

もうひとつひっかかるのは、この話を他で読んだことがないことだ。私が知らない事件なんていくらでもあるが、猟奇性犯罪として各誌が取り上げていい内容である。だから、この雑誌も巻頭で取り上げているわけで、一度も他で見たことがないのは解せない。

にもかかわらず、なぜ私はこれを「恐らく実話」と判断したのかというと、掲載している雑誌が「犯罪実話」だからだ。「タイトルに実話と入っているからには実話だろう」ということではない。

戦前も「犯罪実話」というタイトルの雑誌が出ていたが、おそらく直接のつながりはなく、版元も違う。しかし、どちらも真摯と言えば真摯な姿勢の雑誌で、創文社の雑誌とはワケが違って、創作記事は見られない。とくに戦前版がそうなのだが、戦後版もデタラメは書きにくかった事情がある。

 

 

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