松沢呉一のビバノン・ライフ

「しかたがない」しか言えなかった—彼女は美しかった(下)-[ビバノン循環湯 477]-(松沢呉一)-3,252文字-

失われた記憶を取り戻すための対話—彼女は美しかった(中)」の続きです。

 

 

 

解離性同一性障害

 

vivanon_sentence彼女は現在二十代後半に入っている。

「十九歳以降のことは彼女自身覚えていますから、これでももう今の自分と合致して、治ると思っていたんですけど、そこまで行くと、今度はまた幼児期に戻ってしまいました。そこから年齢が増えていって、十九歳になると、また元に戻る。それをずっと繰り返している。今、人格は四つくらいあります。すべて昔の彼女です」

彼女は嫌がったのだが、無理矢理彼は彼女を病院に連れていき、解離性同一性障害と診断された。多重人格が現れる病気だ。虐待を受けた人に、このような症例があることは知っていたが、病名をはっきり認識したのはこれが初めてかもしれない。

自分自身が分離してしまって、もうひとつの自己と同一できなくなるのがこの病気。

「診断されたことで、彼女は自分が病気であることは受け入れたんだけど、その原因についてはどうしても直視できない。もともとこの病気自体が受け入れがたい現実から逃避することこから始まっているので、治療しようにもまた逃避してしまう。拒食も過食も薬もすべて逃避なんです」

この薬は病院でもらう精神安定剤や抗鬱剤のこと。私と会った時も彼女は薬を持ち歩いていて、食事の前かあとで飲んでいた。たしかその時は抗鬱剤だと説明していたはずだ。

症状は一向によくならず、彼は彼女を説得して入院することになった。私がSNSで見ていた入院はこれのことだ。

「八ヶ月入院してました。それまでは、自分の過去に戻るだけだったんですけど、病院に面会に行った時、いきなり男の人格が出てきて、僕の首を絞めてきて、看護婦さんたちが止めたことがあった。彼女自身ではない人格が出てきたのは、それ一回なんですけど、病院に入っても少しもよくなりそうにない。解離性同一性障害は治療が難しいんです。薬は抗鬱剤や精神安定剤くらいしかなくて、根本的な治療法がないんです」

「催眠療法は?」

「調べたんですけど、信頼できそうなところが見つからない。いかがわしいのが多いんですよ」

考えてみれば、彼自身、すでに催眠療法をやっているようなものだ。

「医者も、長い間入院しているのはよくないし、本人も戻りたいというので退院して、しばらくはよかった」

私が彼と彼女に会ったのはちょうどこの頃だったわけだ。

「ここに来てさらにひどくなってきていて、ずっと外に出られない状態が続いている。体を動かさないから、どんどん太っていて、松沢さんが知っている彼女よりもまた一回り大きくなってますよ」

※自動彩色です

 

 

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