もしナチス政権が誕生しなければブルーノ・バルツは…—ナチスと同性愛[11](最終回)-(松沢呉一)
「強制収容所の同性愛者—ナチスと同性愛[10]」の続きです。
ユダヤ人以上にわからない同性愛者の強制収容
刑務所と強制収容所に送られた同性愛者の数がユダヤ人以上にわからなくて、これにはいくつか理由があります。
ユダヤ人であれば「あるエリアに、もともとどのくらいいたのか。そのうちの何割が収容されたのか」という計算ができるのに対して、同性愛者はこの計算ができない。元の数がわからないのです。
また、ユダヤ人の場合は生き残った人たちの証言から、親族や知人のうちの誰が収容されて、誰が亡くなったのかを一人一人確認していく方法がとれ、そのパーセンテージを全体に広げるという方法がとれるのに対して、刑法175条は戦争のあとまで残っていたので、証言がとれず、とろうとする人も長らくいませんでした。戦後になって、ナチス時代の資料が元になって再逮捕されるケースもあったらしく、そんな話は語れるはずがない。
1980年代くらいから注目されるようになって、その時にはすでに調べることが困難になっていたのだろうと思います。
ドイツはナチスのやったことを戦後徹底的に反省したかのようなことが言われているわけですが、こういうところを見ると怪しい。刑法175条はナチス以前からあった法律とは言え、ナチスが重罰化したところに乗って、ナチスが残した資料で逮捕する。日本が、戦前、女たちを縛りつけた道徳をそのまま残してパンパンたちを断罪したのと同じことをドイツもやっていて、そこがおかしいと思えないくらいに国民は同性愛を嫌悪したのでありましょう。
それでも強制収容所に送られたのは推測値で万単位になるようですが、死亡者数は数千に留まったと見られているのは絶滅収容所に送られた数は少なく、強制収容所では釈放された数が多いためです。
ウソをつけず、治ったフリもできず、カップルで高圧電流の流れる鉄条網に飛び込んだのもいたそうです。ナチスの兵隊でもこの高圧電流に間違って触れて死亡したケースもあって、こっちは悼む気持ちにもならんですが、中には強制収容所に赴任することに耐えられなくなって、こちらも自身で飛び込んだのがいたかもしれない。
※Wikipediaより同性愛者を強制収容所に送るゲシュタポの命令書
※以下はドキュメンタリー映画「Paragraph 175」のトレーラー
175条というよりも、強制収容所の話がテーマのようです。
天才作詞家ブルーノ・バルツ
では、最後にある同性愛者の一生を見て、ナチスのやったこと、あるいは国民全体が同性愛者にやったことを実感していただいて「ナチスと同性愛」シリーズを終わります。
「25誌から30誌出ていたヴァイマル時代のクィア雑誌群—ナチスと同性愛[4]」をまとめるためにヴァイマル共和国時代のクィア雑誌を調べている時に、フリードリヒ・ラツヴァイトに注目しました。ラツヴァイトが発行していたレズビアン雑誌「Die Freundin」に関してネットで情報を探しているうちに、今度はブルーノ・バルツ(Bruno Balz)という人物の名前が浮かび上がってきました。
この人物は独語版・英語版Wikipediaにも項目があります。これを読んで泣けてきました。
以下は独語版Wikipediaほかを参照してざっとまとめたものです。
ブルーノ・バルツは1902年、ベルリンで生まれました。17歳の時には自分が同性愛者であることを自覚し、マグヌス・ヒルシュフェルトの性学研究所を訪れており、そのことがきっかけだったのか、アドルフ・ブラントに気に入られて「Der Eigene」のモデルをやり始め、1923年には、ラツヴァイトが設立した「人権連盟」のメンバーになります。エルンスト・レームも会員だった団体です。
同性愛者であることを自覚した17歳の時には、自分は詩人ではなく、音楽のために作詞をする作詞家であるとも自認して、そう公言。しかし、それが職業になるとは考えておらず、20代は編集者として生計を立てていました。
1924年には、ラツヴァィトは同性愛を歌ったレコードをリリースしており、バルツはここに歌詞を提供しています。YouTubeにこのレコードがアップされていないかと思って探したのですが、見つかりませんでした。現存していないのでしょうか。
1928年から2年間は「Die Freundin」の編集部にいました。この編集部にいた1929年に公開されたドイツ初のトーキー映画「私が愛したのは貴方(Dich hab’ ich geliebt)」にも詞を提供しており、これで印税を手にして、翌年編集部を辞めて以降は名実共に作詞家になり、彼の手がける曲は続々ヒットします。
※Wikipediaよりブルーノ・バルツ
※以下は「私が愛したのは貴方」のサントラだと思われます。
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