クリスチャンよりもリベラリストとしての「白バラ」—バラの色は白だけではない[2]-(松沢呉一)
「「白バラ通信」に出てくる『我が闘争』—バラの色は白だけではない[1] 」の続きです。
父親譲りのリベラリズム
「白バラ通信」1号には、「一個の人間が所有しまた彼を他のすべての生物の上に位せしめる最高のもの、すなわち自由意思」が葬られたドイツ人は没落すると書いています。ドイツという国を愛し、その国がナチスによって蹂躙されることに疑義を抱いたがゆえの行動です。また、ドイツ民族という言葉を守るべきものとして書いていて、愛国心に根ざす行動でもありました。
そう読むことが可能ですけど、ここで重要なのは「自由意思」であり、ハンスとゾフィーについて言えば、個人の自由とナチスの全体主義は相容れないという当たり前のことに気づいたってことだろうと思います。インゲ・ショル著『白バラは散らず』に記述されたハンスとゾフィーがナチスに疑義を抱き出す過程を見るとそうとしか思えない。そこにいろんなもんがくっついているのがあのビラの文章。
ハンスとゾフィーのリベラルな考え方は父親譲りです。父のロベルト・ショル(Robert Scholl)は1917年にインガースハイムの市長になり、1920年から30年までフォルヒテンベルク市長でしたが、選挙で落選し、以降は公認会計士兼税理士として事務所をやっていました。
6人の子どもがいて、上からインゲ、ハンス、エリザベト、ゾフィー、ヴェルナー、ティルデで、ティルデは生まれて間もなく死亡。
子どもらがヒトラー・ユーゲントに入る時もいい顔はせず、小言に留めていたようですが、ここは自主性に任せたのでしょうし、親が反対をすると、子どもが密告しかねない時代になっていました。彼らが疑念を抱き出してから、ナチスの危険性についても子どもらに教えています。
1942年、「白バラ」始動の直前、ロベルトはヒトラーを「人類が受けた天刑」と表現しために事務員に密告されて、4ヶ月の懲役をくらっています。自分のところの事務員に密告されるのですからたまったものではないですけど、そういう時代だったのです。
彼は子どもらに「自由に生き抜いてくれることを願っている」と教えていて、ハンスとゾフィーはその通りに生きました。
ハンスとゾフィーは取り調べでも裁判でも一貫して自己の信念を曲げず、最後まで自信に満ちていて、こうなることを覚悟していたのでありましょう。ハンスはギロチンで処刑される際に「自由万歳」と叫んだそうです。彼らは屈服することなく、最後まで自由でありました。
ハンスとゾフィーが処刑された5日後に、国外のラジオ放送を聴いた罪でロベルト・ショルは再度逮捕され、18ヶ月の懲役刑になっています。「重い罰を課せば社会はよくなる」というナチスの考えは家族にまで及ぶようになってました。法を逸脱した「制裁欲」はここまで至る。
※Inge Scholl with her father Robert Scholl.
キリスト教との関係
訳者(内垣啓一)はあとがきで、彼らがキリスト教の良心に基づいて行動したことに強い意味を見出しています。同様の指摘をしている人たちは多くて、これは間違ってはいないのでしょうけど、そこに傾きすぎることには疑問があります。
たしかにビラには「キリスト」「キリスト教」「キリスト教徒」「神」といった言葉が頻繁に出ていて、聖書からの引用もなされています。ヒトラーをサタンに喩えているところもあって、一読してクリスチャンの手によるものであることは明らかですが、それらと並んで引用されるアリストテレス、ゲーテ、ノヴァーリス、老子と同様、聖書の引用は専制国家に対する批判であり、自由と平和の尊重のためのものであって、影響されてはいても、それらは背景なり土台なりに過ぎないでしょう。
訳者は否定していますが、ここは学生にありがちな衒学的引用だとしか思えません。キリスト教はもっともドイツにおいて知られる共通基盤であり、共通の箔であること以上には特別に強調する意味はないと私は読みました。「ドイツはキリスト教が強いのだなあ」でおしまい。
その当時のドイツ国民のほとんどはクリスチャンです。学生も例外ではないですが、近代的な思想なり空気なりの影響が強まって以降の世代です。
もし彼らの行動の依って立つ根拠が普遍的なキリスト教の良心であるならば、ドイツはそもそもこうなっていないし、抵抗運動はもっと大きな高まりになっていたはずです。
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