松沢呉一のビバノン・ライフ

学術ルールと著作権ルールの違い—カンニングの仕組み[9](最終回)-(松沢呉一)

研究者は覚醒剤をやるより不正をやる方が問題が大きい—カンニングの仕組み[8]」の続きです。

 

 

 

氏名表示の考え方は著作権ルールと学術ルールでまったく違う

 

vivanon_sentence法のルールと学術のルールの違いは氏名表示権についても表れます。出版界であれば、実際に書いた人と、名前が表示される人とがずれていても、両者が合意している限り、大きな問題にはなりません。

著作権法上の氏名表示権は人格権に属し、財産権と違って譲り渡すことはできません。著作者が名前を出すも出さないも決定してよく、ペンネームを出してもいい。ゴーストライターとして執筆した場合は、タレントの名前だけが出たりするわけですが、そうしていいと判断するのはどこまでも著作者ですから、合意が成立していればそれでいいわけです。

たまに「タレントの誰々は自分では書いていない」と話題になることがありますが、笑い話で済みます。また、そこそこ知られる物書きが、自分では文章を書けず、つねにマネージャーがまとめているという話を聞くこともありますが、「だっせえ」「失望した」「物書きじゃねえ」といった感想は生じるものの、不正だと糾弾するようなことはありません。

対してアカデミズムでは、その「新しい発見」「新しい考え」「新しい方法」を誰が見出したのかが重要なため、相手の合意があっても別人の名前を冠するのは不正です。名前をつけられた人も、それに合意した人も不正でしょう。

論文やレポートの代行業が存在しますが、これは明らかな不正です。業者の問題ではなく、依頼した側の不正です。しかし、物書きが原稿をこういう業者に頼んだところで問題にはならないでしょう。

 

 

二重投稿NGについても考え方は違う

 

vivanon_sentence出版とアカデミズムで、どちらもNGになっていながら、意味合いが違うのは二重投稿です。

出版界でもたまに同じ原稿を同時期にふたつの雑誌に出したことが問題になることがあります。これは契約違反になるんだろうと思います。雑誌の原稿ではいちいち契約書を交わすわけではないですが、その原稿を独占的に複製頒布する出版契約が成立していて、オリジナルのものであることが前提になっています。

原稿を別の雑誌に再録することはありますが、その場合は元の雑誌の同意も再録する雑誌の同意も必要です。元の掲載媒体に同意が必要な期間は雑誌の発売期間から6ヶ月だの1年だのといった数字を聞くこともありますが、ケースバイケースで、とくにその数字に決定的な根拠はないと思います。

雑誌の発売期間から数年も経てば、バックナンバーをおおむね売り切りますから、契約は十分に履行されていて、無断で再録していいでしょう。「ビバノン」でもすべて再録は無断ですけど、対読者の信義として再録である断りを入れるのが通例です。

 

 

next_vivanon

(残り 2690文字/全文: 3874文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ