松沢呉一のビバノン・ライフ

常識の欠落と読書はあんまり関係がない—メディアをめぐる不可解な現実[15]-(松沢呉一)

洋泉社消滅と映画の見方の変質—メディアをめぐる不可解な現実[14]」の続きです。

 

 

小中学生が読書する册数は増えている

 

vivanon_sentenceこの記事はオススメ。

 

 

携帯ゲーム機やスマートフォンなどのデジタル機器の普及、地方の個人経営の本屋の相次ぐ閉店、出版業界の不振など、子供の本離れを想起させる環境変化が相次いでいる。その実態はどのようなものなのだろうか。本当に子供達は本離れを起こしているのか。今回は全国学校図書館協議会が公開している【「図書に役立つ資料」】の中から、同協議会が毎日新聞社と共同で毎年実施している「読書調査」の公開データをもとに、小中高校生の児童生徒における読書状況を確認していくことにする。

—–2019/12月18日付「ガベージニュース」より

 

 

毎日新聞社の「読書世論調査」は「ビバノン」でも前に取り上げてますが、この記事で使っている「学校読書調査」は、小中高生に対象を絞った読書調査です。「読書世論調査」でも若年齢の読書時間の変化はある程度は読み取れますが、こうも小中学生の読書册数が増えていることには気づいてませんでした。

下に出したグラフは同記事からの転載です。

 

 

このグラフは全国学校図書館協会のサイトに出ているグラフを見やすくしただけですけど、高校生は横ばい、小中学生は増加し続けています。

元の調査を見ると、直近の1カ月で1冊も本を読んでいない「不読者」の数値は、2000年代に入ってから高校生でも減少傾向にあります。

意外ですね。こうなると、「最近の生徒は本を読まないので、読解力がない」という話はどうなるのでしょう。

以前指摘したように、「慌てると誤答率が高まる」という当たり前のことしかわからないはずの調査が、それ以上のものとして扱われ、「最近の子どもたちは読解力がない」とされてしまっていて、そこに疑問を抱くメディアはなく、その記事を読んだ人でも疑問を抱く人はほんの一部です。

あるいは「最近の若いもんは常識がなく、会話が通じない。本を読まないせいだ」と言いたがる人たちも多いですが、高校卒業以降、本を読まなくなることで、急速に常識が失われているのでしょうか。

その可能性も少しはありつつ、どれもこれも根拠なんてないと思った方がいいのでは?

「最近の若いもんは」とずっと言われ続けているんですから、いつの時代にもある世代のギャップでしかなく、それ以上の世代間のズレがあるとすれば、「情報の選択に偏りが生じやすくなっている」という、ここまで書いてきたことの影響だと思った方がいい。テレビのニュースを見ない、新聞を読まない、週刊誌を読まないこととは関係している可能性があるとして、読書とはおそらく関係がない。本だって多くの場合は自分の好きなもの、自分の関心のあるものしか読まないんですから。

これは全世代で起きていることであり、むしろ、「本をたくさん読みさえすればいい」という発想自体をそろそろ疑っていいのではなかろうか。

 

 

上の世代の常識と下の世代の常識は違う

 

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よくSNSで「最近の若いもんは常識を知らない」という話が盛り上がっていたりしますが、私だって戦後すぐの政治、流行歌、映画、社会現象については知らないことはいっぱいあって、どんな時代も生まれる前のことなんてよくは知らないに決まってますよ。

 

——「年代流行」掲載「1950年代 ベストセラー本ランキング」より

 

 

これは私が生まれた1958年のベストセラーで、読んだことがあるのは一冊のみ(佐藤弘人著『はだか人生』)。存在さえ知らない本も複数あります。そんなもんじゃないですかね。

とくになんの支障もないところで無知である人がいること自体、私は容認できます。

「最近の若いモンは」に食いつく人々—「大学生の4人に1人が太平洋戦争で米国と闘ったことを知らない」というエピソードの危うさ[上]」で見たように、偏差値低めの女子大生が歴史的事実を知らないとしても、最初からそんなもんだと思ってますから、さして驚かない。

 

 

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