優生思想の法制化を下から支えた人々—平塚らいてうの優生思想[予告編]-(松沢呉一)
「矯風会がフェミニズムに見える人たちへ」のおさらい
大変長くなりましたが、「矯風会がフェミニズムに見える人たちへ」は以下で完了しています。
廃娼編「日本民族の恥だから売春する女を許せなかった久布白落実—矯風会がフェミニズムに見える人たちへ」〜
禁酒編「矯風会の始まりは婦人禁酒会—矯風会がフェミニズムに見える人たちへ」〜
婦人参政権編「矯風会が婦人参政権を求めたのは男女平等が目的ではなかった」
大政翼賛編「ファシズム団体としての矯風会—矯風会がフェミニズムに見える人たちへ」〜
この付録編として平塚らいてうと新婦人協会の問題点について書き始めたのですが、長大なものになってしまい、与謝野晶子への言及も多いので、独立させました。
ここで取り上げている話は「与謝野晶子と有島武郎の矯風会評価-『女工哀史』を読む 15」や「社会衛生運動と優生思想—矯風会がフェミニズムに見える人たちへ[大政翼賛編 4]」でも軽く触れていますが、これから始めるシリーズではその背景にあった平塚らいてうの恥ずべき思想について深く掘り下げます。
「矯風会がフェミニズムに見える人たちへ」シリーズを通して読むと、矯風会が時に優生思想をも取り入れていたこと(とくに禁酒の部分)、その背景にあったと思わしき社会衛生運動も優生思想を基盤にした運動であったこと、矯風会は宗教道徳の法制化を実現しようとしていた全体主義の団体であることがおわかりになると思います。
禁酒運動で言えば、飲酒が子どもに悪影響を与え、その性質は子孫代々受け継がれ、このことが国民や民族を劣化させるという考え方です。矯風会よりも救世軍が書くものの方にこの主張は見られるかもしれない。
もちろん今見るとバカげています。妊婦が飲酒をすると胎児に対して悪影響があるとしても、その性質のすべてを遺伝子が決定しているわけではないし、その悪影響を遺伝子が次世代に伝えていくわけでもない。
たしかに親がアルコール依存症で、息子もやっぱりアルコール依存症という例はごく近いところでも知ってますが、一方で、親が酒で失敗するのを見ていたので、酒が恐くて一切飲まないという人もいます。子どもは反面教師として親を見ることができて、まったく逆に向うこともあります。人は遺伝子だけで生きるのではありません。
長期で見た時に、酒に強いことが社会的に有利であれば、アルコール分解酵素をもっている人が増えて、その集団全体が酒飲みになる可能性があるとしても、また、酒に対する強さ/弱さ、アルコールに依存する性質などが遺伝する可能性はあるとしても、習慣レベルの行為が遺伝子に残されるはずはなく、それが社会全体に反映されるはずがない。
さすがに今は救世軍や矯風会はそこまでバカなことは言ってないと思いますが、過去にそういった主張をしていたことを反省はしていないでしょう。
それこそ酒を飲む場での与太話ならいいのですけど、問題はこういった考え方をもって、他者の行為を禁止しようと考えることです。これはまさにアーリア人なる曖昧な基準で人を選別し、劣等な民族を抹殺しようとしたナチスに通じます。
全体主義と優生思想は親和性が高いのです。
※Queens of Vintage 着色しました。
平塚らいてうの評価
「矯風会がフェミニズムに見える人たちへ」シリーズでは、その作業を通して、矯風会の活動を整理し、フェミニズム云々なんてこととは別に、どこをとっても問題のある団体であることを明らかにしたかったのです。
その目的は達成できたかと思うのですが、誤解されるかもしれないとも思いました。矯風会を強く批判した平塚らいてうは、その人々と一線を画した個人主義的フェミニストととらえられるかもしれない。そう言えそうな部分もあれば、とうていそうとは言えない部分もあります。
しばしば書いているように、私が平塚らいてうを高く評価できるのは「青鞜」という場を作ったことにあります。それだけかもしれない。
矯風会と自分たちの活動は違うという考え方や神近市子を宗教的偽善者と見抜いた点など、同意できる点は他にもありますが、当たり前のことを言っているだけ。むしろ平塚らいてうでさえもそう言わざるを得ないのが矯風会であり、神近市子だったとすべきでしょう。
平塚らいてうは時に自ら道徳に足を踏み入れた主張をしてしまって、いかにも中途半端です。「青鞜」を創刊した功績を除けば、「中途半端」というのが私の平塚らいてう評です。思想だけではなく、行動もしかりです。
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