松沢呉一のビバノン・ライフ

コロナ禍の信仰—緊急事態宣言に抗する[回顧編 1]-(松沢呉一)

深夜も営業している飲み屋の実情と「公園飲み」の実情—緊急事態宣言に抗する[7]」の続きですが、東京も緊急事態宣言は解除されたので、回顧編としておきました。

 

 

宗教という安全装置

 

vivanon_sentence離婚をすると自殺率が急上昇する仕組み—サイレント・エピデミック[12]」で、子どもを亡くした親の影響を調べた論文の中に、「宗教依存を強める」といった話が出ていて、「ありそうだな」と思いました。自分の子どもが死ぬという理不尽な体験を落ち着かせるには人智を超えた存在に頼るのが早道。

ウイルスが拡散して人が亡くなる現象によって引き起こされた不安を解消するにも人智を超えた存在に頼るのが楽。楽な人にとっては。

そんなもんに頼らない方がいいに決まってますが、死ぬしかないと思ったら宗教団体に頼るのはやむを得ない。

すでにそこに依存している人たちは、コロナ禍で儀式参加をやめるわけにはいかず、こんな時こそ必要です。

反響のいい教会、寺院、集会場で、大人数がお題目を唱えたり、歌を歌ったりしているうちに酸欠になってトランス状態で神の存在を実感できます。それを継続して体験していないと錯覚だと気づいてしまいますので、やめるわけにはいかない。

また、臨終の場で偉い人が祈ってくれ、死んだら遺体に触れたり、キスしたりしてくれるから神のもとに行ける。それで安心できるのだから、錯覚でいいのです。

しかし、ウイルスにとっては格好の活動の場ですから、ユダヤ教でも正教会でもバッタバッタと聖職者や信者が倒れて、高齢の高位聖職者たちが次々と亡くなっていることは「ポストコロナのプロテスト」シリーズで確認した通り。ヨーロッパだけで聖職者の死亡者は軽く3桁に達していましょう。信者を入れると4桁か。各宗派が人民寺院化。

※2020年9月1 日付「CNN」 昨年9月の報道ですが、ウクライナのアホ聖職者もしくはオモシロ聖職者。同性婚に対する神罰だとの発言は3月のもので、以前書いたように、これ以降、ウクライナ正教会でも多数の聖職者が感染していきます。自分を含めて「感染したのは同性愛者だ」という宣言ですね。この人も検査をしていることから、入院したのだと思われます。神より医学を信じる異端者めが。それはそれ、これはこれで、聖職者が医学を肯定したっていいのですが、感染するようなことを奨励、実践してきた人は医学に頼ってはいかんでしょ。

 

 

信教の自由はウイルス対策より上位

 

vivanon_sentence非信者からすれば「アホ集団」あるいは「オモシロ集団」であり、そこから感染拡大しているのですから、「迷惑集団」に他なりませんが、悩める人たちが死ななくて済んでいるのは信仰という安全装置のおかげであり、また、そこから生まれた宗教共同体のおかげであって、「それを断て」というのは死刑宣告に等しい。スカトロマニアに「この時期はウンコを食うな」と命じるのと同じです。

感染して死ぬことより、神の意思に背くことの方が怖いんだから、好きにさせればいい。その代わり、最後まで神に頼れ。感染することが高率で予測できる場に好き好んで行ったのだから、病院に行ってベッドを飽和させるようなことは決してするな。すべては神の思し召しとして受け入れるべし。

というのが私の一貫した姿勢です。信教の自由を最大限認める姿勢でありましょう。宗教の頼もしい味方。

しかし、現実には病院で亡くなった聖職者が多数いて、「これだから信用できねえ」と思わないではいられない。信心が足りない。

他のウイルスが複合的に感染することを防ぎ、末期には酸素吸入器を使用し、いくらかは効果のある薬を投与するなどして、入院することで死亡率は落ちるようですが、それにしたって決定的な治療法もない医学に敗北してベッドを飽和させるなんざ自己犠牲の精神や責任感というものが欠落しています。納豆食って自宅や宗教施設で寝てろ。と納豆教の敬虔な信者である私は言いたい。

「宗教団体から感染拡大していいのか」と思う人はその人たちには近づかないことです。つってもどこから接近してくるかもわからないので、安いマスクで満足せず、完全ガードを心掛けたいものです(参考例)。

※2020年3月1日「APF BB NEWS」 信仰によって親は自殺しなくて済み、子どもは聖職者の餌食になるわけです。これは刑事告発しなきゃダメです。それをやらない限り、カトリックは責任を果たしたとは言えない。女子高の前でポコチン出す露出狂と比較にならず悪質です。子どもは逃げられず、誰にも言えない。もし親に言ったとしても、親は宗教共同体からはじかれることを怖れて「黙っていなさい」と叱って、子どもは逃げ場なし。だからここまで表面化しなかったのです。しかし、カトリックはバチカンもこの問題を重視してますからまだまし、ドイツでは調査もなされて報告書がこのように出されたのでまだましかも。 共同体は身内をかばいますから、今なおカトリックが隠蔽している国もあるでしょうし、プロテスタント各派でも新興宗教各派でも隠蔽しているケースがありそうです。身内の恥を隠して、外の人たちを攻撃するのは矯風会でも見られた通りです。選民意識のある人たちはダブルスタンダードがお手の物。

 

 

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