松沢呉一のビバノン・ライフ

虚構の根拠に基づいた段階でアウト—山本圭壱復活を擁護する[4](最終回)-(松沢呉一)

豊田真由子の復活と比較する—山本圭壱復活を擁護する[3]」の続きです。5年前の話を再構成したものであり、その後起きたケースも組み込んでいます。

 

 

脳内KaoRiが暴走して、現実のKaoRiを踏みにじった人々

 

vivanon_sentence「被害者の心情」を勝手に想定して、「加害者叩き」に利用した例も私はよーく知ってます。「KaoRiとアラーキーの件」を参照のこと。

あの件で、KaoRiの告白文を読んで(あるいは読みもしないで)、自分の都合のいい被害者像を作り上げて、アラーキーの作品叩きにまで至ったのを見て、「おいおい、ちゃんと読めよ。彼女はそんなことを望んでないぞ」というのであれを書き始めました。

たしかにあの告白文は混乱の中で書いているので、十分に理解するのに時間がかかるのは事実として、彼女はme tooとは関係がないこと、作品への愛着があることを書いていることは読み取れるはずです。「ちゃんと読めば」です。

現実にはさらりと読んでわかった気になって、あとは脳内で発展させて架空のKaoRiが出来上がり。気づいた時には、本人が言っていることを無視した物語になっていた人が多数でしょう。

彼女は「アラーキーのミューズ」としての幻影に苦しめられたことを書いているのに、今度は「アラーキーの被害者」としての幻影に襲われそうになっていることにも気づけない鈍感な人たちが彼女を利用して暴走したのがあの一件でした。

それぞれの判断で作品までを否定することもあっていいのですが、それは彼女とは無関係であり、あの文脈でそれをやると、KaoRiの主体的表現を潰してしまうことになることを覚悟してやるべきです。

それがイヤなら、あのタイミングは避けるってもんですが、もともとアラーキーの作品を気に食わない人たちは、騒ぎに乗じて、KaoRiを利用して、それを実現させていきました。ゲスです。

彼女はのちにFacebookで「私の書いていることをちゃんと読んでくれたのは松沢さんだけ」と言ってくれましたが、私だけのはずはないとして、彼女が作品の否定を望んでいるわけではないことを理解した上で幻想のKaoRiの利用をする人たちをセーブしようとしたのは私だけかもしれない。

おそらくKaoRiを利用した人たちの中には、「架空の被害者の心情」を利用して、山本圭壱を「テレビに出すな」と騒いだ人たちがいるはずです。自分の目的に「架空の被害者」を利用することが平気でできる人たち。自分の言葉を発したKaoRiでさえも意思を踏みにじることができる人々ですから、まして自分の今の心情を語ることのない山本圭壱の被害者は利用価値が大きいってことですよ。

2016年8月1日付「オタポル

 

 

虚偽に基づいた論は無効

 

vivanon_sentenceKaoRiとアラーキーの件」での私の姿勢を「被害者(KaoRi)に寄り添っている」と評していた人もいますが、それは違うように思います。私が寄り添ったのは「事実」です。彼女が何を求めているのかの「事実」を彼女が書いていることから読み取ることから始めました。その上で私は知人である彼女の一方的な肩入れにならないように自分を極力抑制して、批判すべき点は批判しました。

彼女自身が作品を否定しているのであればいいとして、そうではないのに彼女を利用して作品否定をし始めた人々は「虚偽」に基いていました。

虚偽に基いて自分らの主張を拡散しようとする悪質な例は矯風会です。存在しない吉原大門の扉を捏造して、関東大震災で多数の娼妓が閉じ込められたと喧伝し、扉が存在しないことを指摘されても、矯風会の会頭だった久布白落実は戦後にこのデマを拡散し続けました

この同類が「虚構の海外」「脳内海外」を持ち出す人々です。「ヨーロッパではテレビで裸は出さない」「欧米では子どもの目につくところにアダルト雑誌は置いていない」と言ってのけるような人々。

おそらく虚構の留学生を捏造し、原宿のコンドマニアを誹謗中傷した人もいましたね。

「日本国内だけをを見ているとわからない」→「海外ではどうなっているのか調べる」→「その中から適切な方法を採用する」というのが正常な精神の持ち主の発想。

「私の考えは絶対的正義」→「絶対的正義なのだから、欧米ではそれを実現しているはず」→「調べる必要なし」→「“欧米では”と口にする」というのは異常。

「欧米では自分の思うようになっている」と信じていた点において異常である上に、「現実の欧米ではこうなっている」と指摘されても考えを変えることはありません。絶対的正義が自分に存在していますから。結論ありき。

調べない、つまり事実を知ろうとしないのがこういう人たちの共通項であり、平気で虚偽、虚構の他者を利用できるというのも共通項。虚偽に基づいた正義なんぞ、なんの価値もなく、ただの害悪です。

虚偽としか思えない エピソードでコンドマニアに難癖をつけてアクセス稼ぎをしていた漫画は言い訳部分が成長し、ウソをごまかすための後付けをしたためにワケのわからない作品に発展してます。性的な情報が溢れているからあの漫画を描いたそうですよ。「性的な情報が溢れていれば、嘘をついてもいい。コンドームショップを誹謗中傷していい」ってルールがどこの世界で通用すると思っているんだか。「脳内世界」に言い訳してやがる。エロが溢れる社会より、虚偽が溢れる社会の方がずっと怖い。深夜帯のテレビ番組にまで子どもを持ちだして難癖つけた「朝日新聞」のコラム子どもの悪影響を理由にLGBT表現規制の法律を制定したハンガリーなど、子どもを持ち出せば持論が正当化されると考える人たちに注意した方がよささそう。

 

 

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