松沢呉一のビバノン・ライフ

英民衆法廷が中国政府によるウイグル人に対するジェノサイドを認定—まずはジェノサイドの定義から-(松沢呉一)

追記:この流れで、やはりジェノサイドを「大量殺害」と訳しているメディアがあって、それだとウイグル人が収容所で大量に殺されているように思われてしまい、民衆法廷の認定とずれますし、中国政府がそれをとらえて「デマだ、でっち上げだ」と言ってきかねないので、ジェノサイドは日本語に訳さず、まんま「ジェノサイド」でいいのではなかろうか。

 

 

ジェノサイドという言葉の定義

 

vivanon_sentence今月9日、英民衆法廷が、「中国はウイグルでジェノサイドを行っている」と認定した事実について読んでいるのですが、そもそも民衆法廷ですから、これ自体、法的な意味はありません。

 

 

2021年12月10日付「BBC NEWS

 

それでも、オリンピックに影響しそうで、ジェノサイドと認定した意味は大きいかもしれないですが、そもそもジェノサイドってなんぞやってところから確認しないとまずいっすね。

日本で「ジェノサイド」は「集団殺害」「大量殺害」と訳されていて、私自身、使うことがあるとすればこの範囲です。ナチスドイツで言えば、最終解決によって数百万人が殺されたようなことです。数百万に至らず、数万でも数千でもいいわけですが、多数の人の殺害自体を指します。

一般の用語としてはそれでいいのですけど、条約上の定義はこれとは少し違っています。Wikipediaのジェノサイドの項で定義をまとめています(英語版の方がより詳しい)。

 

ジェノサイドは、国家あるいは民族・人種集団を計画的に破壊することジェノサイド条約第2条によれば、国民的、人種的、民族的、宗教的な集団の全部または一部を破壊する意図をもって行われる行為のこと

 

この言葉は当時、米国にいたポーランド人弁護士ラファエル・レムキンによって、1944年に作られ、戦後、ニュルンベルク裁判で国際的な場で初めて採用され、1948年のジェノサイド条約につながっていきます(1951年発効)。レムキンの定義が条約になったものです。

ジェノサイド条約の第二条では「国民的、人種的、民族的、宗教的な集団の全部または一部を破壊する意図をもって行われる行為」とされ、具体的には以下。

 

(a) 集団構成員を殺すこと。

(b) 集団構成員に対して重大な肉体的又は精神的な危害を加えること。

(c) 全部又は一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること。

(d) 集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること。

(e) 集団の児童を他の集団に強制的に移すこと。

 

ナチスドイツで言えば、aは強制収容所のガス室のようになもの。bはドイツや占領地で行われた迫害や強制連行。cはゲットーや強制収容所で行われたこと。dは強制断種。eは東部支配地域での誘拐を指しましょう。

 

 

一般の用語と条約上の定義のずれ

 

vivanon_sentence私の感覚としては、また多くの人の感覚としては、ジェノサイドはaを指し、あとはそれに付随してなされる行為といった印象ですが、ジェノサイド条約上、殺害が伴わなくても、「国民的、人種的、民族的、宗教的な集団の全部または一部を破壊する意図をもって行われる行為」であれば、それらは単独でジェノサイドです。つまりは「特定の集団を破壊する目的をもって行われる行為」がジェノサイドの本質であり、大量虐殺はそのひとつの表れなのです。

 

 

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