未来に向かうために過去に帰る—公開から6年経って観たアニメ「聲の形」[10](最終回)-(松沢呉一)
「自分を変革しようと奮闘する西宮硝子の美しさ—公開から6年経って観たアニメ「聲の形」[9]」の続きです。
ストーリーに沿って私の感じたことを語るのは今回で終わり。付録編が続きますし、「なぜ歳をとると涙もろくなるのか」は別建てで出します。
植野からバッテンがとれた瞬間
退院した将也は、植野がずっと看病していたことを母親から教えられて、植野にお礼を言います。
将也「お見舞い来てくれていたって」
植野「私さ、ダメなヤツなんだ。こんな状態になって余計に西宮さんのことを好きになれなくてさ。ならなくていいのか」
ここで植野の顔のバッテンがとれます。なお硝子のことを嫌いだと言っているのに、なぜバッテンがとれ たのか。看病してくれたからか?
植野はずっと将也のことが好きでしたが、将也にとって植野もまた裏切った一人ですから、そのしこりが残っている上に、硝子に対する攻撃を今に至るまで続ける植野のことを嫌っていました。しかし、将也が入院している間に、植野と硝子の距離は急速に縮まっていて、植野は将也に対しても自分のダメさを語れるようになっていました。実のところ植野は将也に対して腹を割って話すということはなかったんだと思います。
硝子の自殺未遂とその救出をした将也の入院を経て、2人は、また、2人の周辺の人たちは、堰を切ったように、自分の生き方、考え方、関係性を変えていきます。これを促したのは、将也の行動によるところもあるでしょうが、それよりも硝子だったでしょう。
結弦ははっきりそう言ってます。
結弦はおそらく中学生です。しかし、学校に行ってませんでした。しっかりしているようで、今や硝子以上に危うい存在です。
勉強を教えてもらうために石田家に制服で来た結弦はこう言ってます。
将也「学校、行き始めたんだな」
結弦「硝子にきっかけ作ってもらった。まあ、なんとかやってみるよ。期待に答えたい」
英語のテストが4点。しかし、彼女は頭が良さそうなので、どっかしら入れる高校はあるでしょう。少子化の時代で、生徒が足りないですから。
ここでの「きっかけ」は直接硝子が何か言ったのかもしれないですが、おそらくもう硝子には結弦のサポートは必要がないことを結弦自身が気づいたのだと思います。
学祭の日、硝子は補聴器を見せていた
周辺の人々が変わっていく中、少し出遅れたのは将也でした。彼にとってはその日である学園祭の日がやってきます。
硝子を連れて将也は、颯爽と学内を歩くつもりでしたが、ふだん俯いている将也は足がすくんで、しゃがみこんでしまいます。将也は今まで硝子に話していなかった自分の弱さを告白します。これ自体が今までなかったことです。
硝子は「下を向いていていい」と励まして、将也の手を引いて歩きます。ここも私の泣きどころです。硝子がリードしているのですよ。
この作品は「いじめをしたことでいじめられ、自分を否定するしかなくなった将也が再生する物語」であると同時に、「いじめられる存在からリードする存在へと変化した硝子の物語」でもあります。私はどちらかと言えば後者で泣きます。
「下を向いていていい」というのは、弱い自分を否定しなくていい、そのまま受け入れればいいという意味でしょう。この時の硝子はもうそうしていました。
この日、彼女は耳を出していました。かつて補聴器を奪い、投げた将也や植野がいる前で。
それでも気分を悪くしてトイレに駆け込んだ将也を励ましたのは長束でした。
川井も来て、将也に千羽鶴を渡します。この時に川井は千人に折ってもらえなかったために、「こんな出来損ない」と謙遜をしています。川井らしい。多くの人が折ってくれたものを出来損ないって言うか? しかし、彼女には悪意はまったくないのです。こういう人っています。悪意がないのに、人の神経を逆撫でする。
植野と佐原
このやりとりを聞いていた植野が登場。
植野「キモ、友情ごっこかよ、鳥肌立ったわー」
川井「どうして直ちゃんはそういう言い方するの?」
植野「は? なんだよ、川井、やんのか?」
ここの植野は今まで通りです。学祭なので、家を出る時に焼酎でもひっかけてきたんでしょう。
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