松沢呉一のビバノン・ライフ

自分を変革しようと奮闘する西宮硝子の美しさ—公開から6年経って観たアニメ「聲の形」[9]-(松沢呉一)

死の決意・再生の決意—公開から6年経って観たアニメ「聲の形」[8]」の続きです

 

 

川井と真柴

 

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将也が入院している間、一人一人と会っていわば挨拶回りをする硝子は、公園で長束や川井、真柴と会います。

川井は「辛いから死ぬなんてどうかしてる」と大声を出して硝子を抱きしめるのですが、その時の硝子の冷めた顔。

川井はいつも川井らしさを身にまとっています。相手のことは何も考えずに、自分の満足で完結する。

長束が「川井さん、声がでかいよ」と注意すると、「大きい声を出さないと聞こえないの、西宮さんには」とまた大きい声を出し、抱きしめたことによって、硝子は手にしていたメモ帳を落としてしまいます。高校時代の彼女であれば、唇を読むことも少しはできて、補聴器と合わせて言葉を聞き取れるでしょうが、抱きしめられていたのではそれもできない。

 

「みんな心配してたのよ。誰だって生きてれば辛いこともあるの。でも、みんなそうでしょ。だから、自分のダメなところも愛して前に進んでいかなくちゃ」

 

空疎です。これまでの硝子の笑顔と同じ。変わっていないのは川井かと思います。

脇に落ちたメモ帳を拾って、そこにある「私が壊してしまったものをもう一度とりもどしたいです」という文字を見て、「無事でよかったね」とだけ声をかける真柴は川井の対極にいます。「死んでしまったらもう取り戻せないもんね」ってことでしょう。

このあと佐原の家に行って報告します。

「硝ちゃんのことまた守れなかった。弱虫のまま」と弱々しく言う佐原の手を握って、「今から変われる」と硝子は力づけます。佐原は、硝子を守るべき対象としてとらえてますが。すでにその座から硝子は抜け出しつつあるのです。

 

 

硝子と植野

 

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看病のために病室に詰めている植野が外に出てくるのを硝子が待っています。植野は無視して通り過ぎます。何日もこれが繰り返されます。

雨の夜、傘のない植野はまたも無視。硝子はあとを追って、傘を差し出します。

そこで終わっているのですが、おそらくこの時、勘のいい植野は硝子が今までと違うことを悟ったのだと思います。

また、原作では長文の手紙を出したことになっているので、植野もまた自分の理解が足りていなかったことを悟ったのではなまかろうか。ここから手話を勉強し始めるのだと思われます。

このアニメが繰り返し感情を揺さぶるのは、将也が価値をなくした自分の存在をリセットして変わっていく過程だけでなく、硝子も同じく自分の生き方を変えようと奮闘しているところを描いているからです。彼らは名前に「ショウ」が入っているように、原作者は対の存在として設定していて、「自己を変革する」という点でも対になってます。

 

 

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