11年遅れの北公次追悼—今ジャニーズ問題を語ることの抵抗感-(松沢呉一)
ひさびさのジャニーズ問題
連日、メディアは報じていますが、私はこの2ヶ月ほど、ジャニーズ問題に一切触れてませんでした。
これに乗じて自分らの利益を追及しようとしているとしか思えないPENLIGHTなる怪しい集団のおかげで、冷めたところもあります。
前に、めんたちゃんねるがPENLIGHTのまとめを出していましたので、参考までに埋め込んでおきます。
めんたちゃん、ジャニオタなのか。ジャニオタからすると、PENLIGHTのインチキぶりは明らか。
PENLIGHTの2名は希望のたね基金の関係者であることは確定しています。わかっている範囲ではとうていジャニーズファンだとは思えません。希望のたね基金は、韓国の正義連と関係の深い団体ですから、その時点で警戒に警戒を重ねた方がよさそうですし、なるほど平気で嘘をつける人たちなのだなとの思いを新たにしています。今後も暗躍する可能性があるので要注意。
だからと言ってジャニオタに肩入れする気にもならず、何十年もこのことを知りながら黙っていたテレビが、解禁になったとばかりに嬉々として報道し続ける厚顔さにもうんざりします。
多くの人が指摘しているように、テレビは反省しているわけではなく、かつては黙っていることが自分らの利益になったのに対して、今は反省しているふりをして取り上げることが視聴率につながるってだけでしょう。
カウアン岡本のDV疑惑は、ジャニー喜多川のやったことに比すれば些細なことでしかないけれど、これはこれで取り上げるべきかと思いますし、彼は当初証拠映像があると言っていました。だから私は彼の証言を信用する気になったのですが、どうしてメディアはこれを確認しないんだ? 自分らの利益追及の流れに反することには目をつぶる体質はなんも変わらん。
さっき思い出したこと
うんざりはするのだけれど、それを声高に批判する資格が私にあるかと言えばありません。1990年代に、軽くはジャニーズ問題を取り上げましたが、本腰を入れて取り組んだわけでもなく、テレビやラジオの生放送でいきなり告発する勇気があったかと言えばありません。
さっき思い出したのですが、テレビ番組のプロデューサーに冗談半分で「ジャニー喜多川の件に触れていい?」と聞いたことがありました。「絶対にダメ。オレの首が飛ぶ」と予想通りの答えが帰ってきました。私が彼の立場でも、自分の首をかけて取り組むことはしなかったでしょうし、他人を巻き込んでまでそれをやるのは無責任という感覚もあったと思います。
その集積がジャニー喜多川を止められなかった原因になっているわけですが、むしろ仕事や生活を犠牲にするリスクがない一般の人たちの方が動けたはずです。ジャニーズ事務所の前で抗議活動をやれば耳目を集め、新聞やテレビも騒動として取り上げられたかもしれない。
でも、そんな動きは起きませんでした。
北公次らによる告発本を読んだ人、文春との裁判を知っていた人たちは、わずかではあれ、それぞれに責任はあります。
そう考えると、軽々しくはメディアを叩く気になれない。それでも、虚偽を弄してまでこれに乗じて利益追求するようなことを私はしませんから、PENLIGHTはためらいなく批判します。
北公次が亡くなったことを昨日知った
このところ、フランスの買春者処罰について調べるのに時間をとられていて、ジャニーズ問題はあんまりチェックしていないのですが、気になっていることがありました。どうして誰も北公次にコメントをもらわないんだろうと。
前に書いたように、北公次とジャニーズ事務所の間で手打ちがあったとの説があり(あくまで噂)、その時の取り決めを今も守って、これについての取材を拒否しているのかとも思ってました。
最近、YouTubeのオススメに出てくるのはホロライブ関係と韓国関係ばっかりなのですが'(そんなんばっかり観ているわけです)、昨日、北公次の顔が使われたサムネイルが目に入ってきました。
9日前の動画です。
「故 北公次氏」になってます(上のSS参照)。北公次はこの世にもういないのか。だったら、コメントをもらえないわ。
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