松沢呉一のビバノン・ライフ

日本テレビが解決にならない対策案を打ち出した事情を推測する—ジャニーズ時代の終焉と新時代の幕開け[12]-(松沢呉一)

報道の娯楽化と自律性の放棄—ジャニーズ時代の終焉と新時代の幕開け[11]」の続きです。

 

 

パート3「イギリスBBC報道以降の日本テレビの反応」

 

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日本テレビの検証番組でのパート3は「イギリスBBC報道以降の日本テレビの反応」。

3月にBBCが報じたことから始まったジャニーズ事務所の崩壊ですが、BBCが日本語版でこのことをYouTubeで公開したのは3月8日。私は翌々日に「ビバノン」で取り上げています

それだけ話題になっていたわけで、さすがに日本のテレビや新聞も取り上げざるを得ないだろうと思っていました。しかし、日本テレビでは、報道の内部で取り上げる動きが少しはありながら、今まで通りにスルー。

取り上げたのは、4月12日に行われたカウアン・オカモトの記者会見以降のことでした。もしあれがなかったら、今も沈黙していたのかもしれない。

四半世紀前のことを語る際に「男性への性加害全般に対する問題意識が低かった」と言えば今はもう克服したかのように受け取れますが、今年になってもこのありさまであり、その場限りの言い逃れです。

この検証番組全体が「その場限りの言い逃れ」の集積になってないか。

 

 

「今後の方針」に効果があるか?

 

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番組のまとめである「今後の方針」を見ると、その疑いを強めます。

 

 

 

検証の結果がこれです。これはこれでやればいいですが、人権意識が高まると、大手の事務所に対する忖度がなくなり、上司に言いたいことを言えるようになり、視聴率を気にせず、スポンサーの顔色を窺うことなく報道すべきことを報道できるようになりますかね。

あるいはこう問うてもいいでしょう。もし以前から局員の人権意識が高かったら、告発本を取り上げて、北公次のインタビューを放送したでしょうか。山口達也強制わいせつ事件を遅れることなく報道したでしょうか。そういった報道をする際に編成と協議する必要がなくなるでしょうか。BBCのドキュメンタリーにすぐさま反応したでしょうか。

ここまで確認してきたように、「男性への性加害全般に対する問題意識が低かった」なんて反省はその場限りの言い訳でしかなく、それが一因になっていたとしても、決定的な原因にはなっていないでしょう。

にもかかわらず、「今後の方針」を人権意識の向上に集約させているのは、日本テレビが相当にポンコツか、なんらかの意図があってのことだろうと推測します。

 

 

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