『繕い裁つ人』 浮世離れしたファッションで年齢不詳の癒しヒロインを淡々と演じつづける中谷美紀に日本映画の未来が見えた!(柳下毅一郎) -2,243文字-
監督 三島有紀子
脚本 林民夫
撮影 阿部一孝
音楽 小林洋平
出演 中谷美紀、三浦貴大、余貴美子、黒木華、中尾ミエ、伊武雅刀
芸術振興基金助成作品
以前、『ふしぎな岬の物語』のレビュウの中で、「竹内結子では小百合様の代わりはつとまるまい」と書いたのが、ついにぼくは後継者を発見した! 中谷美紀だ! 『繕い裁つ人』でハイネックにロングスリーブのロングドレスという浮世離れしたファッションに身を包んだ中谷美紀様にはまちがいなく小百合様のかおりがただよう。年齢不詳の癒しヒロインを淡々と演じつづける中谷美紀、賭けてもいいが十年後も同じような役を演じているに違いない。日本映画の未来が見えた!
さて、そんな中谷美紀が演じるのは神戸の坂を見下ろす丘の上の一軒家で洋裁店を構える南市江。彼女は祖母が作った服の直しと、あとはわずかに作った服を友人の店におろしているだけ。彼女の服に惚れこんだデパートのバイヤー、藤井(三浦貴大)は「市江さんの服を量産してネットショップで売りましょう! 費用はすべて我々が持ちます!」と願ってもない話が持ちこまれるが、モデルを見せられても「こんなきれいな人は、わたしの服なんか着る必要ないでしょう」となかなかに失礼なことを言ってにべもなく断ってしまう。こだわりの人である市江は祖母の服を直すだけで満足なのである。
……いやまあ真面目に突っ込んでもしょうがないファンタジー設定なのだというのはわかっているけれど、こだわりの足踏みミシンで一着ずつ縫いあげる市江の服、いったいいくらで売れば生計が成りたつのか。そして祖母はいったい何着の服を作ったどれだけの働き者なのか。どうやら町中の人が一人一着持っているらしい祖母の服、直しの注文は引きもきらない。しかも三十代以上の大人だけが祖母の服を着て集まるという年に一度の〈夜会〉というイベントまであるのだという。〈夜会〉が近づくと持ちこまれる服に
「あら、そろそろ夜会の季節ですねえ」
いやそんな毎年毎年手直しする必要あるのか? とか考えてもしょうがないわけで、こだわりのパン屋に集う人々の人間模様を描いた『しあわせのパン』の三島有紀子監督だけに、描かれるのはこだわりの直しをする中谷美紀をめぐる人間模様。いやそれにしても、せめて自分の作る服へのこだわり、あんまりきれいじゃない人を引き立たせるための服への執念がなければ、こんな話なりたたないのではないのかと思うのだが。市江の服を売っているのは友人(片桐はいり)の雑貨店だけなのだが、そこでいくらの値段をつけているのか、誰に向けて売っているのかさっぱりわからない。市江は「着る人の顔が見えない服は作れない」というのだが、じゃあ片桐はいりの店で吊しで売っている服は誰が着るための服なのか。ひょっとして片桐はいりの顔を思い浮かべながら仕立てているのか……となかなかに失礼な想像が沸いてきてしまうのだが。中谷美紀、実は限られた人にしか服を作らない鼻持ちならないオーダーメイドの高級仕立て屋なんじゃないかなあ。
けんもほろろに蹴られながらも連日通ってきて、鞄持ちのようにつきまとうストーカー藤井は市江のまわりの人々を知っていく。〈夜会〉の日、こっそり忍びこんだ女子高生たちは、祖母の夜会服によって見違えるように変身した両親や祖父母の姿を見て衝動的に夜会に乱入する。
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