『未来シャッター』 心のシャッターをひらけ!商店街のシャッターがあがるかどうかはわからない。だが未来のシャッターはまちがいなく開いた (柳下毅一郎) -4,744文字-
『未来シャッター』
監督 高橋和勧
脚本 リージョナル・フィルム・ネットワーク・プロジェクト
撮影 吉田武
出演 長谷川葉生、緑川賢司、真砂豪、坂井紀里子、ニノイ・キアット、宇梶剛士、小泉りりあ
心のシャッターをひらけ!
さて、以前、フジテレビのNONFIXというドキュメンタリー番組で、「カタモミ女子」という地下アイドルにはまる中年男の純情物語が語られ、視聴者を震撼させたことを覚えている人はいるだろうか? その番組の中で、推されていたメンバーのりりあのほうは「こんなことやっていても先は見えないし」とクールに「カタモミ女子」を脱退してしまい、その温度差もまた視聴者を震撼させたのである。で、そのりりあこと小泉りりあ、脱退したあと何をしたのかというと映画に出た。
それが本作『未来シャッター』である。
この存在を教えられたときは本当に困惑した。どうやらこれは大田区蒲田のキネマフューチャーセンター(かつて松竹蒲田撮影所が存在したキネマ商店街にあるのでこの名前がついている)を基点にするNPOワップフィルムズが制作した地域活性化映画であるらしい。監督は「高橋和勧(内閣官房地域活性化伝道師)」。いやこの「内閣官房地域活性化伝道師」ってなんですか? まったく知らなかったのだが内閣官房が地域活性化のために選定した役職で、誰も知らないところで多くの「伝道師」が地域活性化に尽力しているらしい。こころみにkantei.go.jpを検索してみれば出てくるわ出てくるわ「映画で地域活性化」を主張する人々。なんでこんなにうさんくさい人たちが次から次へと出てくるのか。まさか官房機密費が流れているわけでもないだろうが、いったい誰がこんなものを選定し、どんなお金が使われているのかさっぱりわからない。地方発の映画の話ばかりしていたが灯台もと暗しである。何やらやばそうな闇を感じて、そろそろMIBがやってくるころだろうか……とおそるおそるキネマフューチャーセンターの上映会に出かけた。なお、この上映会、映画終了後にもれなく60分間の「セッション」がついてくる。さっと見て逃げるように帰るわけにはいかないのである。見たら最後、アイスがブレイクして、オレの「心のシャッター」も無理矢理開かされてしまうのだ。自己啓発の臭いがぷんぷんするが、はたして本当に「心のシャッター」を開けるとシャッター商店街も活性化されるのか? そんなわけでこの映画を見たわけだが、これまた思ってもいなかった気づきを得てしまったのだった。
「心の、シャッターを、開け!」宇梶剛志の力強いナレーションとともに映画がはじまる。十年ぶりに日本に帰ってきたミキ(長谷川葉生)は、来し方を回想する。十年前、ミキは「何をやっても満足にできない、役立たずの人間」だった。映画会社で「映画による空間創造」を提案するものの、それもうまくいかず鬱々として退社。親友のクミからは
「ミキはさ、自分にも他人にもキビしすぎるんだよ」
と慰められている。そのままふらふらしていたミキだったが、ある日、棚の奥から父親が使っていたカメラを発見する。映画監督だった父親の生き方が許せなかったミキだが、父親の思いに引きずられるかのように、カメラを手に街に出て商店街の写真を撮りはじめる。
一方、日本の「ものづくり」に興味があってやってきた留学生のアントニオ(ニノイ・キアット)。蒲田の路上で自動販売機をガチャガチャやってたら、通りすがりの主婦から「自販機荒らしだ!」と人種差別バリバリの非難を受ける。
「ちがうよ! 壊れてるんだよ! 釣り銭が出てこないんだよ!」
見ていたおっさん。
「人も地域もすっかり社会性がなくなっちまったな。喧嘩上等、じゃないのか」
いや喧嘩はよくないと思うが。そんな感じで活力を失いつつある下町の現状が告発される。差別に負けないアントニオは嘉悦大学にかよったり、深海探査艇「江戸っ子一号」を作った浜野製作所を見学したりしながら「ものづくり」を学んでいく。みな本人が登場して未来を熱く語ってくれるのだが、そこで浮かび上がるのは産官学金の共同。産学共同、それを支援する官のシステムみたいなことはよく言われるわけだが、さらに金融の力も必要だ、と東京東信用金庫が中小企業支援金融の仕組みを宣伝してくれたりする。アントニオはいきあたりばったりどこへでも行く。てっきり大田区蒲田が中心なのかと思いきや気がつくとスカイツリーのほうに行ったり、人形メーカー、アゾンドールの見学をしたりして、どうも焦点がさだまっていない感じである。ひょっとして、これ高橋地域活性化伝道師がコネを使って協力してくれたところを片っ端からなんの脈絡もなく放りこんでるだけだったりするんじゃないのか? 実はクールジャパンなアントニオ、アゾンドールで人形作ったりする夢を見ているが、そこで親切にしてくれた柴崎(緑川賢司)氏からアゾンドールをやめて起業すると聞かされて大ショック。
一方、ミキは商店街を撮っているうちに「クミが“商店街らしくない商店街がある”って言ってたから」と南藤沢イータウンにやってくる。最初「南藤沢」って聞いたとき、てっきり何かを聞き違えたのかと思った。大岡山の商店街ならまだ近場だし理解できるが、なんでいきなり藤沢に飛ぶんだよ! 大田区の映画じゃなかったのかこれは! だがそんなことはかまわずミキが地元の喫茶店に入るとそこにいるのはカタモミ女子!
「なんか~女子力のあるフルーツがあるんだって~ 落雁なの」
落雁かよ! その女子力落雁を売っている藤沢市のショールームに行ってみると、そこに立っているのは髭の怪しい中年男、てか柴崎さんではないですか!
「この落雁にはひとつひとつにいろんな神様が宿っているらしいですよ。あなたがその落雁を口にしたら、今、いちばん必要としてる記憶が降りてくるかもしれませんよ。降りてくるといいですね、キネマの神様が」
いやちょっと待って。いきなり話しかけてきた中年男が神様の話とか、うさんくさいにもほどがあるんですが。てか“キネマの神様”って今はじめて出てきたんですけどその人誰ですか?
「この落雁は都会から地方へ向かって(つまりIターン)、地方の農業を活性化させている人がつくった柑橘類を材料にしているんですよ。いってみませんか、瀬戸内へ」
と怪しい中年男に誘われるままに、どことも明示されない、なにかの柑橘類を作っている瀬戸内のどこかへ向かうミキ。そして行った先にいたのは……アントニオ! ものづくりを学ぶ過程で知り合った農家の息子野々村と一緒に、野々村の実家に来ていたのだった。実家の農業を継ぐのが嫌で逃げてきた野々村に
「自然というのは戦う相手じゃなく、学ぶ相手じゃないのか」
と諭す柴崎なのだった。
さて帰宅後、自分が撮ってきた写真を並べてみているうちに、父の言葉を思いだすミキ
「一コマ一コマをつなげることができるのが、映画なんだ」
そうかこの写真をつなげることが映画なんだ! とよくわからない気づきにいたるミキ、父へのわだかまりも捨てて墓参りに出かける。ところが先にお参りしている男性がいるではないか。それは……柴崎さん!
「やっと気づきましたか。あなたのお父さん(高橋和勧)にはたいへんお世話になっていたので、わたしは毎年命日にはお墓参りをしているのです。あなたのお父さんはキネマの神様でもあったんですよ」
そうだったのか……! ってだからキネマの神様ってなんなんだよというか、監督=キネマの神様ってどういうナルシズムなんだよというか何もわからないままにミキだけは気づいて、自分の道を見つけた。それは何かというと……
キネマフューチャーセンターでフューチャーセッションをはじめることでした。
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