「ノンフィクションの筆圧」安田浩一ウェブマガジン

「生活保護の現場ルポ 2012」から変わらない日本の今を考える<3>

「生活保護の現場ルポ 2012」から変わらない日本の今を考える<2>

 自らが抱えた差別や偏見を、より醜悪な形で見せつける者たちもいる。在特会をはじめとするレイシスト集団のことだ。

 12年6月3日、吉本興業東京本社(新宿区)の前において、在特会などによる「生活保護不正受給を許さない・吉本興業糾弾街宣」がおこなわれた。「国民最後のセーフティネットを護るために不正の温床である吉本興業を許さない」といったスローガンのもと、集まったのは男女数十人。

 参加者はそれぞれ日章旗を掲げながら「売国奴」「河本出てこい!」「吉本芸人を養うナマポ(生活保護に対する蔑称)はないぞ」「恥を知れ!」などと社屋に向かって絶叫。抗議文を同社に手渡した。

 参加者はさらに吉本の劇場がある新宿駅南口へ移動し、ここでもやはり「吉本をぶっ壊せ」などとシュプレヒコールを繰り返した。この際、たまたま通りかかった高齢の男性が「うるさい」と抗議すると、参加者はその男性にわっと詰め寄り、引き倒した挙句に殴る蹴るの集団暴行をおこなうといった一幕もあった。

 この件に関して、後に在特会メンバーのひとりは、私に次のように話している。

 「国民の税金が無駄に使われていることに腹が立つんです。しかも河本は在日(コリアン)だという噂もありますからね。ますます許せないんですよ」

 レイシストにありがちな考え方だ。福祉の「無駄」には敏感だが、ほかの分野における税の使い道についてはとことん無関心。建設分野における公共事業や、何の役にも立たないイベントへの支出などには、少しの興味もないのだろう。特定の人物、あるいは国籍や人種に関してのみ「税金の無駄」を言い募るのは、単に排他的、排外的な気分に支配されているからにすぎない。典型的な差別主義者の「あり方」だ。

 おそらくは河本騒動に乗っかる人々の心情も、これに近いものではないのか。自覚していようが無自覚であろうが、結果として差別と偏見を垂れ流していることは間違いない。

 しかもこうした空気に支えられた生活保護バッシングの波は、ときに政治も動かす(あるいはいまの政治が排外的な思想に支配されているのかもしれない)。

 当時の小宮山洋子厚労相は法改正を伴う生活保護制度の見直しが必要だと表明。厚労省は不正受給に対する厳罰化、親族の扶養義務強化などの方針を矢継ぎ早に打ち出した。同年8月に政府が閣議決定した来年度予算の概算要求基準でも、生活保護費の見直し、圧縮の方針が盛り込まれた。

 生活保護を見直せ──「河本騒動」を端緒に沸き上がった怨嗟の声に、政府は迅速に対応したのだ。待ってましたとばかりに。数万人の反原発デモが何度繰り返されようとも「大きな音だね」としか反応しなかった、あの野田内閣が、である。

 騒動は思わぬ「時の人」を産み落とした。ネット上で「ジャンヌ・ダルク」とまで称賛されるようになったのが、自民党の片山さつき参院議員である。

 当初は匿名で報道されていた「お笑い芸人」が河本であることをツイッターで明かし、「怠け者がトクするような社会を見直せ」と「生保改善」の旗を振り続けているのが彼女だ。いまや「生保問題追及の急先鋒」としてメディアに引っ張りだこである。

 2012年7月30日、新宿区内で、この片山議員を囲むトークイベント「片山さつきと語り合おう!『生活保護問題』」が開催された。参加者は片山ファンを中心に約50人。比較的小規模のイベントではあるが、それだけに片山議員の本音を聞き出すチャンスでもある。私は編集者とともに出席し、会場の最前列に陣取った。

 なお、当初このイベントは「生活保護・あなたの隣にもいる河本」なるタイトルがつけられていた。生活保護そのものを否定的イメージでとらえるかのようなタイトルに、私は強い違和感を覚えた。そもそも河本自身は何ら不正を働いたわけではない。理不尽に過ぎる。

 そうした考えを抱いた人は少なくなかったのであろう。主催者である企画会社の担当者はイベントの冒頭で「多くの批判が寄せられたのでタイトルを変更した」と参加者に告げた。それを「だから何なの?」とでも言いたげに憮然とした表情で聞いていた片山議員の姿が印象に残っている。

 彼女はこの日も饒舌だった。生活保護見直しを滔々と訴える。

 「私は生活保護の不公平感を正したいわけです。正直者がバカを見る、悪いやつほどよく眠るような世の中であってはいけない。そんな大勢の方からの声が私のもとには届いています。一部には私が河本さんの個人批判をすることで制度改正に利用しているといった声もあるようですが、それは違う。税と社会保障の一体改革を進めていくうえで、この問題を捨て置くわけにはいきません」

 会場からは賛同意見が相次いだ。

 「(生活保護を)ズルしてもらっている人はたくさんいるはず。そのことを批判するきっかけを片山先生がつくってくれた。感謝しています」

 「先生の主張に大賛成。簡単に生活保護がもらえてしまう仕組みがおかしい。だいたい河本だって在日なんでしょう? 制度の歪みを感じる」

 こうした参加者の言動だけでも、差別と偏見に満ち満ちた片山ファンの内実が透けて見える。

 場の雰囲気を壊してしまうことは覚悟のうえで、私は片山議員を真正面に見る席から質問した。

 ──片山さんの河本攻撃が、結果的に生活保護叩き、利用者バッシングにつながっているように思う。片山さんはどう思いますか?

 片山議員はなにひとつ表情を変えることなく、次のように答えた。

 「犯罪加害者よりも被害者の権利が貶められてきたこの国において、一罰百戒は歓迎すべきこと。生活保護の不正受給にしても、これまでいろいろと問題があったにもかかわらず、取り上げようとすると反貧困ネットワークのようなところによって潰されてきたんです」

 重要なのは生保改革であり、利用者へのバッシングなど取るに足らないということなのだろう。一点突破、全面展開の勢いだけは彼女の言葉から感じることはできた。

 続いて同行した編集者が質問する。

 ──片山さんの話を聞いていると、生活保護を利用することじたいが「いけないこと」のようにも感じてしまうが……

 これにも片山議員は自信たっぷりに応じた。

 「生活保護というのは日本文化からすれば恥です。人様の税金で生活しようとするのですからね。それがいいことなんだと、権利を謳歌しようなどと国民が思ったら、国は成り立たなくなる」

 生活保護が恥──その言葉に思わずため息を漏らした私は、会場でも圧倒医的に少数派であったはずだ。「国は成り立たなくなる」と言い終えた瞬間、待ってましたとばかりに会場からは一斉に力強い拍手が沸いたのであった。

 おそらく、これが生活保護をめぐる世の中の空気なのだと思う。頭の良い彼女はそのことを十分に理解しながら言葉を発しているはずだ。

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