松沢呉一のビバノン・ライフ

メディアも個人も萎縮する-大阪市「ヘイトスピーチ への対処に関する条例」を検討する 3(松沢呉一) -3,219文字-

「大阪市「ヘイトスピーチ への対処に関する条例」を検討する 2」の続きです。

 

 

大阪市の条例の慎重さ

 

vivanon_sentence今回はおかしな写真が添えられていますが、その意味は後半で。

広く表現を対象にしたところで、この条例では「どうしてこれがヘイトスピーチか」と迷う領域まで拡大はしにくく、レイシストたちだけを狙い撃ちにすることはおそらく可能です。

定義から言ってもそうですし、いくつかの過程をクリアする必要があるためです。

まず、第二章の第一の3で、氏名や名称の公表の前に、反論の機会が保証されています。

 

3 市長は、認識等の公表をしようとするときは、あらかじめ、当該公表に係るヘイトスピーチを行ったものにその旨及び理由を通知するとともに、相当の期間を定めて、意見を述べるとともに有利な証拠を提出する機会を与えなければならない。

 

さらに審査会を通さなければならないので、審査会のメンバーが適切に指定され、かつ正しく機能する限りにおいて、不当な認定はなされないことが期待できます。

第6章でも表現の自由への留意が明文化されています。

 

第1 適用上の注意
この条例の適用に当たっては、表現の自由その他の日本国憲法の保障する国民の自由と権利を不当に侵害しないように留意しなければならない。

 

 

萎縮効果を軽んじてはいけない

 

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「なぜメディアにまで拡大をしたのか」という点に疑問はありますし、審査会が正しく機能するのかという疑問もないわけではないのですが、そもそもこの条例は刑事罰を課すものではありません。

だからこそ、私は消極的ながらギリギリ賛成ではあって、この条例自体を取り上げた時には反対まではしませんけど、萎縮効果が拡大する可能性がある点は解消した方がいい。解消可能なんですから。

DSCN1886街頭での表現にのみ適用されるように改善した場合、ヘイトデモの共感者たちが投稿をためらうのは、萎縮効果が一方的に彼らにおいてのみ起きるためです。こうしないと、批判者にも萎縮効果が及ぶ。

国の施策として、外国人労働者の受け入れに反対する主張をするのもいいでしょう。北朝鮮や中国の人権侵害を批判するのもいい。しかし、それらに触れること自体を自粛し始める人たちが出てくる。それだけでなく、ヘイトスピーチを批判的に取り上げることまでが禁忌になりかねない。

とりわけ新聞やテレビのように、組織が大きく、管理する側の力が強いと萎縮効果が起きやすい。メディアは書き手、出演者に対して、「それは触れないで欲しい」と自主規制を始めることも、書き手、出演者自身が自分で抑制してしまうことも、これまでのこの社会のありようを見ればおわかりになるでしょう。事なかれ主義ってことです。

「萎縮すること自体が間違っているのだから、そちらの体質改善をすべきであり、それによってヘイトスピーチ規制をためらうべきではない」という主張も正しいのですが、その改善は容易ではない。

※写真は送別会での木野トシキ

 

 

差別用語と萎縮効果

 

vivanon_sentenceこれまでの差別用語における萎縮効果を想起して欲しい。私がよく例に出すように、今なお田舎に行けば日常的に使用される「部落」という言葉さえ、メディアでは使えない。放送や出版において、「言い換えて欲しい」と言われることが明らかなため、私も自然と「集落」「村落」と言い換える癖がついています。

 

 

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