タクシーで全裸になる女—昨今のタクシー事情-[ビバノン循環湯 153] (松沢呉一) -7,377文字-
タクシーに乗るとやることがないので、私はしばしば運転手と雑談をします。面白い話が出てくるとメモをすることもあります。ふだんはなかなか言えないようなことでも、運転手相手だとつい口が軽くなってしまう人もいますし、乗客同士の会話を運転手は聞くともなく聞いているので、他で聞けない情報を持っていることがあるものです。「職業上知り得た情報」ですけど、タクシー運転手の場合は守秘義務などないので、たいてい教えてくれます。
運転手も運転以外やることがないので、話をしている方が気が紛れるという人は多いもの。前に、深夜、タクシーに乗って、しばらくダベったあと、眠くなってきたので寝ようとしたら、「お客さん、話し続けてくれないと、私も寝ますよ。眠くてしょうがないんですよ」と脅されて、ずっと話し続けたことがありました。
そういう話を以前はよくメルマガに書いていて、今回のタクシー運転手との会話は2011年7月のもの。震災の年です。これといって重要なことが語られているわけではないですが、震災あとのタクシー事情や改めて語られるタクシー運転手の仕事についての話が面白いかと思います。そうでもないか。タイトルの「全裸になる女」の話は最後の最後に出てくるだけですので、エロは期待しないでください。
長距離狙いと短距離狙い
最近乗ったタクシーの運転手との会話。
「運転手さんは、この辺が営業地域ですか」
「私は世田谷と目黒ですね」
世田谷区も目黒区も渋谷区に隣接しているが、渋谷区を入れていないってことは、世田谷の西部、つまり環七の外側と世田谷南部から目黒区にかけてってことだろう。したがって、下北沢も入らない。行くことくらいはあるとして。
「じゃあ、夜は経堂ですか」
小田急線の下り最終は経堂行きである。
「いや、私は成城学園で客待ちをします。電車が停まると、必ず何人かはタクシーを使いますので」
もっと西だったか。夜遅くになると、成城学園が終点の急行もあるため、それより先に行きたい人がタクシーを利用することもあろう。
「そういう人もいますけど、私は近い距離を細かく拾うんですよ。タクシー運転手には二通りいて、ひとつは長距離狙い。もうひとつは近距離狙い。私は近距離のタイプです」
急行が停まる駅の方が乗降客が多いため、終電を逃した長距離狙いではなく、数狙いで成城学園ということのようだ。ふだんはバスに乗っている人が遅くなってタクシーを使う。あるいは自転車や徒歩の人が雨の日にタクシーを使う。
「タクシーは長距離の客をいかに捕まえるのかにかかっているようなイメージがありますけどね」
「そう思っている運転手も多いですよ。だから、銀座や六本木を流す。でも、それで稼げたのは昔の話です。客が選べるくらいにいて、その中で確実に長距離を拾えた時代だったらそれでいいんですけど、今は長距離が少ないので、その方法だと、客がまったく拾えないこともある。拾えたところで近距離だったり。だったら、距離は短くても、本数を稼いだ方が効率がいいんです」
客待ちにも性格が出る
タクシーの運転手の売り上げが違うのは、常連をつかんでいて、電話で呼ばれることが多いということもなくはないのだが、それよりどこを流すか、あるいはどこで待つかによる。この運転手の考えでは、ライバルの多い繁華街を流すより、成城学園で客待ちをした方が最終的には稼げるってわけだ。
「長距離の客がたくさんいたのはバブルの時代までです。それ以降は万単位の客はなかなかいない。それでも一発を狙って繁華街を流す運転手が多いんですよ」
「ギャンブラー体質」
「そういう性格が出るんです」
「でも、昼より夜の方がやっぱり売り上げはいいんですよね」
「そんなことはないですよ。それも人によるんですけど、私の稼ぎ時は夜より昼です。昼間に三万円くらい売り上げて、夜は二万円もいかないくらい」
これは意外。
「半分が運転手のものでしたっけ?」
「いや、約六割です」
風俗嬢と一緒くらい。
「五万円だと手取りは三万円ですか。悪くないですね」
「でも、今は、なかなか五万には届かない」
これは他のタクシー運転手にも確認。今は「五万いけばいい方」とのことで、たいていは四万円程度。
「うちの会社で、平均四万二千円くらいです。私は四万八千円くらい」
「ほう。それはやはり近距離タイプだからですか」
「だと思いますよ。私が見ていても、成績のいい人は近距離を細かく拾うタイプの運転手ですね」
それにしても、三万円近い手取りだったら悪くないと思ってしまうが、それで実質二日分である。その間に昼寝をしたりもするが、タクシーの仕事は、朝から翌日の早朝まで二十時間勤務。その日から翌日の朝までが休みになる。
「月に十四回勤務として、いくら頑張っても四十万円を切りますから今は厳しいですよ。私の時代はよかったですが、今は子どもを大学に行かせるなんてできないでしょう」
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