戦争で消えた総ルビと戦後が生んだ「でんでん総理」—日本語の表記 3-(松沢呉一) -2,674文字-
「旧仮名遣いでも「行つた」「やつた」と書く決まりではなかった—日本語の表記 2」の続きです。
外来語の小文字は政府も推奨
前回見たように、戦前から平仮名でも小文字を使用している例はあったわけですが、それより片仮名であり、とくに外来語に小文字を使用するのは、公的に推奨されてました。
大正十五年五月十二日に臨時国語調査会によって発表された「当字ノ廃業ト外来語ノ写シ方」に、表記の基準として「ウィ・ウェ・ジュ」といった小文字が出ています。これが好ましいとされました。「ウイ・ウエ・ジユ」でも間違いではないにせよ、「本来は小文字」という方針であったことがわかります。
前々回出した「ハリウッド美容室」は手描きの看板ですから、きれいに「ッ」を小さくできます。
描き文字でもすべて小文字になっているわけではなくて、右はレビューのポスターかな。ここから拾いました。フランスで活躍した里見宗次のデザインです。いいポスターです。とくに文字。イラストはおフランスで、文字は昭和初期の香り。この頃の日本はまだまだよかったのです。
ここでは小文字と大文字が共存しています。「ジヤズ大学」は大文字、「ヴォルガ」は小文字、「パツシングシヨウ」の「ツ」はちょっと小さいようにも見えますが、小文字にしても、大きくしても、バランスが悪くなるためかも。出演者名も、大きかったり、小さかったり。
このように、活字の制約を受けないところでは片仮名を小文字にしているものが多数あり、出版物でも同様です。
小文字があまり使われなかった事情
右は雑誌「セックス」(文杭社)昭和二年新年号です。これも手描き文字ですから、「セックス」になってます。なんちゅうタイトルかって話ですけど、長くなるので、この雑誌については省略。
下の図版はどこからとったか忘れましたが、大正期の雑誌っぽい。やはり手描き部分は「男子用サック」「子宮サック」となってます。できる時はそうしたのです。
「子宮サック さよごろも」はペッサリーのことでしょうか。お下劣なメディアは、具体的避妊法の記事は出しにくくとも、広告は出していたわけですけど、なにしろ日本では長らく女性自身が性のことを考えたり、知識を得ることははしたないことであり、婦人運動家たちの多くもそこに同調したため、ぺッサーリーは普及しませんでした。
ともあれ、手描きではこうなっていたのですから、小文字用の活字くらい作ればよかったはず。
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