旧仮名遣いでも「行つた」「やつた」と書く決まりではなかった—日本語の表記 2-(松沢呉一) -3,486文字-
「なぜ戦前の公的文書には片仮名文が多いのか—日本語の表記 1」の続きです。
小文字を使った各種出版物
前回書いた事情から、広く国民に伝える公的文書だけではなく、同じく広い範囲の人が使用する辞書でも片仮名のものがあります。
右は林幸行編『国語辞典』(明治三七年)です。見出し語は平仮名ですが、説明文は片仮名です。
「しゅ」「しょ」の項目ですけど、「しゆ」「しよ」になってます。このように、戦前は拗音、促音の「っ」「ゃ」「ゅ」「ょ」は大文字表示されていることが多いわけですが、歴史的仮名遣いではそれが正しい表記であると誤解している人が時々います。
そのため、今の時代に歴史的仮名遣いを好んでする人たちの中には、小文字を使わないのがいるのですが、このことと歴史的仮名遣いは無関係です。ただの郷愁で古い表記を真似ているだけです。歴史的仮名遣いは、その名の通り、歴史の論理的蓄積がある表記であり、今なおそこに拘泥する意味はあるとしても、「小文字を使わない」なんてルールになっていたのではありません。
前回出した「ハリウッド美容室」の写真をもう一度見てください。「ハリウッド」になってましょう。小さい「ッ」を使っています。戦前から、使えるところではそうしていました。
では、そのことを詳しく説明していきましょう。
子ども向けの本で使われている小文字
幼い子ども向けの本でも片仮名のものがよくありました。
以下は『小川未明カタカナ童話集』(昭和十四年)。
「モラッテ」「六チャン」「イッショ」「イッテ」「チャウド」「ラッパ」「武チャン」となっていて、小文字を使ってます。
これも「小学校令施行規則」が根拠になっています。
「小学校令施行規則」の第三条にこうあります(読みにくいので、片仮名を平仮名に直しています)。
尋常小学校に於ては初は発音を正し仮名の読み方、書き方、綴り方を知らしめ漸く進みては日常須知の文字及普通文に及ほし又言語を練習せしむへし
濁音の表記がないのは原文通り。戦前の法令はそうなっています。これについては調べていないですが、以下書くことに関わっていそうです。
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