松沢呉一のビバノン・ライフ

女を特別扱いすることが男社会を支えている—勘で読んだ海老原嗣生著『女子のキャリア』(1)- (松沢呉一) -3,005文字-

「糞フェミは女子校出身が多い」説—勘で読んだ辛酸なめ子著『女子校育ち』(7)」や「今から個人がフィンランド方式を実行すればいい—男女別学肯定論を検討する/第二部(5)」からだらだら続いてます。

 

 

 

勘で読んだ海老原嗣生著『女子のキャリア』

 

vivanon_sentence電車の中で老眼鏡をせずに勘で読んだ本」シリーズです。女子の就職状況を知りたくて海老原嗣生著『女子のキャリア』(2012)を電車の中で勘で読みました。小さな級数のグラフの文字などはあとで老眼鏡をして確認しました。

たまたまですけど、辛酸なめ子著『女子校育ち』と同じ筑摩書房の同じプリマー新書です。この新書は装丁が新書のよそよそしさがなくていい手触りです。坂爪真吾の本を出して私の中での筑摩の評価を下落させたのはこちらのシリーズではなく、レギュラーの新書です。

聞くところによると、プリマー新書はちくま新書本体より部数が少ないらしいのですが、辛酸なめ子著『女子校育ち』も海老原嗣生著『女子のキャリア』も売れていい内容だし、実際、けっこう売れたんじゃないですかね。

著者の海老原嗣生氏はリクルートの関連会社に勤務したのちに独立し、この本が出た時は人事、経営の雑誌の編集長とのことで、その分野で活躍している人らしいのですが、そっち方面は疎いので、全然知らないまま、タイトル買いをしました。

これを読んで現状を知るという目的が達成できた以上に、的確な洞察が書かれていて、大いに参考になりました。私とは考え方の違う点がありながら(後述)、現在と過去をちゃんと踏まえているので説得力があって、会社という領域を離れたところでも通用する知恵が満載されてます。

このジャンルは全然知らないので断定はできないですが、おそらくこの著者のオリジナルの主張もなされていそうで、引続き他の著書も読んでみたくなりました。

 

 

変化するには時間がかかる

 

vivanon_sentenceこの著者が信用できると感じたのは、データを踏まえていることと時間軸を通した視点が貫かれていることです。何百年という単位ではないですが、歴史的視点と言っていいでしょう。

社会が変化することには、また、女子を取り巻く労働環境が変化することには時間がかかることを繰り返し書いています。ゼロからいきなり100は実現できないと。私が女性議員率を上げるためには時間がかかると言っているのと一緒です。

世間一般、このことを無視して理想を求めてしまいがちですが、10年20年という単位で考えて行くことが必要で、いきなり変えようとすると必ず軋みが生じて、実力や経験の伴わない無理な起用、無理な抜擢をされた人材は力を発揮できずに潰れていき、結局何も残らず、周りも迷惑をかけられる。

個人にしても、社会にしても、あるところに到達するためには段階を踏んでいく必要があるのです。その段階についても具体的に説明されています。スーパーウーマンが活躍する会社から体育会系女子が活躍する会社になることで裾野が広がるって指摘は大いに納得。

そのことを考えても、いきなり女性議員の数を増やそうったって無理なんです。この本を通して改めてそのことを実感しました。これについてはのちほど書くとして、まずこの本に書かれていることを確認していきましょう。

 

 

男女の差を高く見積もり過ぎ

 

vivanon_sentenceまず確認しておくべき著者の考え方は、男と女の能力はさして違いがないということだろうと思います。違いがあるとしても言われているほど大きくはない。

脳の性差を持ち出すことに対して、私は「そこに差はあるかもしれないけれど、1の差を10に評価してしまいかねない危険がある」と指摘しました。

著者はこれをスポーツ能力で説明しています。100メートルを走らせたら、上位は男になる。平均値も男の方が速い。しかし、トップの女子は大半の男より速いのだと。わかりやすい。

であるならば個人で評価すべきですが、この差を大きく見積もり過ぎているため、能力のある女子は損をしますし、この差をもって社会的規範が作られているために、1の差が2にも3にも4にもなっている状態です。こういう差を固定しているのがたとえば脳の性差の導入だったり、遺伝子の導入だったりします。警戒しましょう。

この差を強いられてきた女子はそれを内面化して、他者にもその差を強いるために、その差は固定されてきたというのが私の主張。「女は〜」という主語の問題です。それに付随する発想として男という属性で相手を否定する癖のついている女たちが少なくない。性別による判断は女たちも加担し、性差を過大に見積もっていることの問題であり、時に女たち自身が女の特別扱いを望む。

それを是正しているのが一部の女子校です。この本には学校の話は出てないですけど。

2012年8月5日付ロイターの記事。マラソンなど陸上長距離は女が男を抜くのではないかとも言われていたものですが、この記事にあるように、男の記録を追い上げているように見えた競技は女子選手の参入が認められてから歴史が浅いものであって、参入の遅れによる記録更新はいずれは男同様に停滞して、男女差は縮まらなくなる。突出した能力のある選手が男の記録を追い抜く可能性はゼロではないにせよ、相当に低いと言えそう。でも、オリンピックに出るような選手ともなると、99パーセント以上の男よりも能力が高いっすからね。

 

 

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