若い世代に通じない言葉—世代で変化する言葉[上]- (松沢呉一)-3,249文字-
秋山理央はすぐれた校正者
「ビバノンライフ」の更新直後は、しばしば誤字脱字の類いがあります。一番多いのは、意味のないスペース。これはコピーする際に生じるもので、編集ベージではスペースが狭く表示されるため、気づきにくいのです。
それ以外の誤字も当然あります。校正する人が通常複数いる出版物とはここが決定的に違います。しかし、そのうち少しずつ修正されていきます。
自分で読み直して気づくこともありますし、「ビバノン」の購読者が教えてくれることもあります。とくにカメラマンの秋山理央は、間違いに気づくとよく連絡をくれます。彼はすぐれた校正者でもありまして、「よくそんなところに気づけたな」というところに気づきます。
彼は早稲田大学の安部球場が「安倍球場」になっているのに気づいたこともありました。これは安倍晋三、安倍昭恵と書くことが多いための間違いです。安部球場という名称の元になった安部磯雄は字面で覚えているし、PCも覚えているので通常は間違えにくいんですけどね。
秋山理央は、英文のスペルの間違いに気づいたり、西暦と元号のズレに気づいたりもします。シリーズものの通し番号に気づくのはまだしもとして、「ビバノン循環湯」の通し番号のミスに気づいたり。
あるいは戦前の本からの引用内の誤字もあります。以前から書いているように、戦前の本は校正がアバウトで、もともとの間違いであることもあれば、文字が擦れていたり、潰れていたりして読みづらく、私が写し間違えていることもあるのですが、彼は引用元まで目を通して写し間違いを知らせてくれることがあります。わざわざ校正のために引用元をチェックしてくれているのでなく、そこに書かれたことに興味を抱くと、引用元まで読むのです。感心です。
私がスルーしてしまいがちなのは、まとめて認識してしまう慣用句や常套句、標語的なものの誤字ですが、これも彼は見逃さず。
目がいいんだと思います。視力という意味だけでなく、観察力、注意力が秀でています。言葉の感覚も優れているのだと思います。
さらに、本の版元が違っているなど、校閲レベルのチェックもしてくれるので、ホントにありがたい。
※安部球場の前の名称・戸塚球場で大正十四年に行われた早慶戦。こちらから借りました。
通じない言葉
彼がチェックを入れてくれることによって、間違いが減るだけじゃなくて、私自身が気づいていなかったことに気づかされることがよくあります。
半分は意図してなのですが、私は口語的な言葉や方言を多用します。「〜だべ」とか、「〜じゃろ」といった語尾がその典型。
そういう言葉、あるいはそういう言葉じゃなくても、秋山理央に通じないことがあって、「これはどういう意味ですか」と聞いてくることがあり、時に誤植だと勘違いして指摘してきます。
たとえば「わや」。とくに「わやになる」というフレーズで使います。「台無し」「無駄になる」「ダメになる」といった意味。
私は会話でもわりと使用しますが、彼はまったく聞いたことがなかったとのことです。
ここには方言とは書かれていないですが、関東や東北を除いて、ほとんど全国に分布している方言です。
「わやくちゃ」とも言います。他の人はまた違うかもしれないですが、私にとっての「わや」は「混乱して台無しになる」といったニュアンスが強く、「来週予定していた宴会はスケジュールが合わず、ワヤになった」とはあまり言わず、「宴会は幹事が泥酔してゲロを吐いてワヤになった」といった使い方になります。
私は「わや」も「わやくちゃ」も子どもの頃から使っていたように思い、小学校を過ごした北海道の方言かもしれない。自分の中でも方言の感触はあるのですが、関東ではまったく知らない人もいるとは気づいてませんでした(秋山理央は湘南出身です)。
地域による変化と世代による変化
あるいは「たむろす」。私は「コンビニの前でたむろす若者」と書くことが多いのですが、秋山理央は「たむろする」だと言います。「たむろする」も耳にはしますが、書き言葉としては「たむろす」の方が私にはしっくり来ます。彼はしっくりくるかどうか以前に「たむろす」という言い方は知らず、「る」が抜けているのだと指摘してきました。
そっか、「たむろす」は文語形で、口語形が「たむろする」なのか。世代差と同時に、これも地域差があるかもしれない。私自身が、どこでこの言葉を使うようになったのか覚えてないですが、十代から使用していたと思います。
出版物の校正においては、「たむろす」が不自然だと感じたとしても、辞書的に正しいわけですから、そのままにするでしょう。そのため、私は「たむろする」が一般的になっていることにここまで気づけないでいました。
「めっちゃ」か「むっちゃ」か
以下は秋山理央とは関係のない話。
もともと関西方言かと思うのですが、「メッチャ(またはメチャ)」か「ムッチャ(またはムチャ)」かという問題があります。関西ではまた違いそうですが、東京において「メッチャ楽しい」「ムッチャ楽しい」を比較した時に、前者は若い印象。後者はそれがない分、関西弁ぽいニュアンスが強まりそうです。
(残り 1229文字/全文: 3441文字)
この記事の続きは会員限定です。入会をご検討の方は「ウェブマガジンのご案内」をクリックして内容をご確認ください。
ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。
会員の方は、ログインしてください。
外部サービスアカウントでログイン
Twitterログイン機能終了のお知らせ
Facebookログイン機能終了のお知らせ