金玉を出しているけど、金玉の話はしない—銭湯に見る人間関係[3](松沢呉一)-2,512文字-
「外→脱衣場→洗い場の順に会話は減る—銭湯に見る人間関係[2]」の続きです。
話題の中心は病気とスポーツと天気
とくに早い時間帯の銭湯は老人が多くて、大半が挨拶程度は交わす関係のため、よそものは入り込みにくい。
大半は顔なじみという状態がまた微妙で、その人たちも他人に聞かれてもいいことしか話せず、その結果、銭湯でもっとも聞かれる話題は体のことです。「どこそこが痛い」「すぐに目が覚めて寝られない」「病院に行った」「こんな薬を飲んでいる」「来週は手術」など。老人たちですから。そのため、常連さんたちは誰がどういう病気かまではだいたいわかっています。
続いては野球、相撲、天候、事件、災害についての話。これは脱衣場にあるテレビに合わせて語られます。銭湯ではサッカーが話題になるのはワールドカップの時だけで、それよりも野球と相撲が人気であり、壁に巨人軍選手の写真、力士の手形などを出してそれをアピールしている銭湯もあります。阪神ファンはここでは野球の話はしないようにしているはずです。
脱衣場では、パチンコ、競馬、競輪、競艇などギャンブルの話をしている人もけっこういます。好きな人たちが揃うとその話になる。
今年の夏は岡山を中心に豪雨の被害が大きく、ちょうどその頃、江戸川区、江東区の銭湯に行くことが多かったので、テレビと関係がなく、よくそのことが話題になってました。
あの辺は歴史的に水害が多くて、いまは対策がとられているとは言えども、「この辺だっていつ決壊するかわからないよ」なんて言葉がしばしば語られてました。
これは水害を体験的に、あるいは上の世代から聞いて知っているからこそだと思います。昨今流入してきた人たちではあそこまでリアルに岡山の被害を地元に直結することはないでしょう。
こういったところには地域性が出ますし、「どこどこのスーパーが潰れた」「今度できた居酒屋は焼き鳥がおいしい」といったエリア情報も出るのですが、ネガティブな意味で、地元の個人名を出しての噂話は案外少ない。語られるとしたら、脱衣場で、ヒソヒソ話として語られます。
銭湯で下ネタは聞けない
昔のムラの寄り合いでは男も女も下ネタを連発したなんて話がよくありますが、銭湯の常連さんたちがそういう話をしていることはまずない。脱衣場でビール片手にほろ酔いになっていてもそこには至らない。
今まで耳にしたのはせいぜい「若い頃は遊んだよ」「若い頃からオレはギャンブルばっかりで、あっちには興味がない」といったような昔話であり、具体性はない。
もう現役から退いているってこともあるでしょうけど、老人だって恋はする。セックスだってするのはいるわけで、これは場所が話題を選択するためだろうと思います。
気心が知れた人たちだけではないし、知らない人たちばかりでもないってことが抑制的に働く。時には子どももいます。「誰兵衛さんが最近飲み屋の女将といい仲で」なんて話を不用意にしていたら、女湯で誰兵衛の奥さんが聞いているかもしれない。
風呂のあと焼き鳥がおいしい居酒屋の個室に移動した場合はこういう話が出るんじゃなかろうか。そこまで至れば私的領域。しかし、銭湯は公的領域なのです。
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