松沢呉一のビバノン・ライフ

ナチスだけを見ているとわからなくなる—ポグロムから学んだこと[6](松沢呉一)

強制収容所から生還してもポグロムで殺された—ポグロムから学んだこと[5]」の続きです。

 

 

 

 ヒトラーの狂気はそこかしこに

 

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イェドヴァブネ・ポグロムのように、ナチスではなく、一般の人たちがユダヤ人を殺していたポクロムが存在していて、多数の加害者、目撃者がいただろうに、戦後数十年もそのことが明らかにならなかったのは、村の人たちも同じ価値観を持っていたからでしょう。つまり、ユダヤ人は殺していいのだと思っていた。だから、殺した村人たちを守った。ユダヤ人を殺していいのだと思ってはいなかったとしても身内をかばって、ナチスがやったことにしたわけです。。

そんな実情を知らない人たちは「ヒトラーが悪い」「ナチスが悪い」で納得してしまったのだろうと思います。私自身、ポグロムについて無知でいたのは、「ヒトラーが悪い」「ナチスが悪い」で止まっていたためです。

ヒトラーは狂人としてもいいかもしれない。しかし、ただの狂人であれば指導者の地位にはつけない。口述筆記ですが、その狂人が書いたことになっている『我が闘争』を読んで、ヒトラーの狂気はヒトラーとナチスだけのものではなく、広くドイツ国民が共有していたことを知りました。それをヒトラーは先んじてすくいあげ、強化したものだったことに気づいて愕然としました。

ここから当時のドイツの事情を読んでいったのですが、民族主義者、国家主義者だけでなく、左翼もまた少なからず反ユダヤでした。これは反資本家、具体的にはロスチャイルド等のユダヤ資本に対する反発の文脈ですから、民族主義と同列にはできないですが、右から左までが反ユダヤでした。それがあってのナチスです。

続いて、ポグロムを知ることによって、「ユダヤの殲滅」という狂気はロシアや東ヨーロッパでも広く共有されていたことに愕然としたわけですが、それらの事実は「ヒトラーという類い稀なハッタリと煽動の天才」、それをサポートしたゲッベルスのような「宣伝の天才」によって見えなくされてきてしまったようにも思います。ナチスは役者が揃い過ぎです。

さらには米国のリンチや日本の朝鮮人虐殺をここに加えると、ナチスのホロコーストはヒトラーという一人の狂人によって起こされたのではなく、ヒトラーはどこにでも普遍的にある民衆の中の欲望をわかりやすく見せただけだったことに気づかざるを得なくなります。ヒトラーの狂気はそこかしこにあるのだと。

 

 

ポル・ポトとヒトラー

 

vivanon_sentenceカンボジアのポル・ポトが虐殺したのは100万人から200万人と言われています。ナチスが何人虐殺したのかも正確にはわからないわけですけど、少なめの見積もりだとポル・ポトと変わらない。

クメール・ルージュについては学生時代、何冊か読んでいますが、ポル・ポトの顔さえはっきりとは覚えていない。幹部の名前はイエン・サリ以外知らない。読んではいても覚えてない。この記事においても、ポル・ポトの写真よりヒトラーの写真をサムネイルに出した方が確実にクリックする人が増えます。

 

 

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