松沢呉一のビバノン・ライフ

秋守常太郎と比較する—安部磯雄の信仰と社会主義[4](最終回)(松沢呉一)

禁酒・禁煙・優生思想、それってナチスでは?—安部磯雄の信仰と社会主義[3]」の続きです。

 

 

 

安部磯雄と秋守常太郎

 

vivanon_sentenceここでもう一度秋守常太郎に登場していただこう。

秋守常太郎はももともとはクリスチャンだった。安部磯雄と同じ同志社出身なのだ。これは本人が書いているのではなく、『爬羅剔抉 : 北米土産』の序文を担当した人がそう書いている。

本人はそこに意味を感じていないのか、詳しく書いたものを見つけていないのだが、『特権打破と私の哲学』(大正十四年)によると、学校名は書かれていないながら、「明治二十三年亡父の要求に原づき、廃学をして家業に従事しました」とあるので、安部磯雄より数年あとと思われ、年齢も数歳下であろう。安部磯雄が牧師をやっていたのは岡山で、秋守常太郎は出身が岡山。両者は近い経歴ながら、まったく違う人生を歩み、まったく違う考え方に行きついている。

クリスチャンであることは同志社の入学条件ではなく、安部磯雄ももともともクリスチャンであったわけではなく、キリスト教系の学校であることさえわからずに入学。しかし、学内では礼拝だけでなく、至るところでキリスト教が教えられ、やがて安部磯雄もは街頭での宣伝活動やキリスト教伝播のための演説会に参加するようになる。洗礼を受けるか否かは自由なのだが、キリスト教漬けになるようにできていたわけだ。

安部磯雄がそうだったように、卒業後は神学部に進んだり、留学して神学を学ぶなどしてやがては牧師になるのが多かった。聖職者養成学校だった側面は否定できまい。

一切キリスト教の影響を受けなかった生徒がいたのかどうかまでは書かれていなかったのだが、秋守常太郎は自分は無神論者だと書いている。

爬羅剔抉 : 北米土産』によると、最初からそうだったのではなく、信じていた時期もあったようである。神を信じられないのは不可識だからとしている。その存在を確認できない以上、信じることはできない。しかし、それは理論上のことで、「幼年以来の環境によって馴到せられた結果でありますが、何となく神がなくては一切の説明が不可能であるかの様にも考へられます」としており、長い間の信仰があったことを示唆している。

また、キリストは人間としての理想であり続けているため、いまなお福音書は繰り返し読んでおり、キリスト教の理解は相当あって、『土地国有論』の冒頭は聖書の話から始まっている。

ここには秋守常太郎の葛藤がある。その葛藤を越えて自身の理性で考え抜いた人なのだ。安部磯雄もまた葛藤があって、「果たして奇跡なんてものが本当にあるのか」との疑問にぶつかり、これは神学の中で、「伝承によって現実とは乖離してしまった部分がある」との説明を受けて納得している。しかし、そのキリスト教の社会事業でも結局は対処療法しかできないことを悟って社会主義に走ることになる。

 

 

安部磯雄も慈善事業には懐疑的だった

 

vivanon_sentence安部磯雄は宗教団体の慈善事業については否定はしないまでも決して肯定的ではない。『最近の社會問題』(大正四年)にこう書いている。

 

 

然し慈善事業が社会的疾病を治療するに幾何の効果があったかを考ふれば、私共は此処に少なからぬ疑念を生ぜざるを得ない。英国に於ける救貧院の成績を見れば毎年の入院者数は常に二三百万の間を上下して少しも減少の模様が見えない。恰も藍を以て水を汲むの感がある。

私は慈善事業の効果を認むるけれども、これは恰も医術の上に於て包帯をするとか注射をするとかいふが如き応急手段として見た時のことである。貧乏を根本的に治療せんとするには今日の慈善事業では不充分たるを免れない。(略)

慈善は此社会に発生する貧乏を救助するに在るけれども、若し貧乏を根本的に予防する方法があれば、慈善は全く無用のものとなるに相違いない。社会全体の目から見れば慈善程不経済なものはない。

 

 

この本の最後は社会主義の解説になっており、社会主義は土地を筆頭とした財産の公有だと説明している。

キリスト教に馴染み切らなかった秋守常太郎は社会主義ではない土地国有論を掲げ、キリスト教を捨てなかった安部磯雄が社会主義としての土地の公有を求めたのは好対照であり、ここには意味があるのだと思う。個人を尊重するがためにキリスト教も社会主義も肯定できなかった個人主義者と個人を消滅させることに抵抗のない全体主義者との違いだ。

 

 

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