「楽しい」と答えた人たちに何を見るか—『街娼実態とその手記』を検討する[3]-[ビバノン循環湯 513] (松沢呉一)

2019年03月06日 7時14分　
カテゴリ： RAA • 『街娼実態とその手記』を検討する • セックスワークを考える • ダンスホール • パンパン • ビバノン循環湯 • 京都市 • 写真 • 女学校 • 街娼 • 赤線 • 青線
タグ : ウィリアム・ゴールドマン(William Goldman) • 住谷悦治 • 竹中勝男 • 街娼---実態とその手記 • 闇の女たち

「米兵への憧れが動機だった—『街娼実態とその手記』を検討する[2]」の続きです。

街娼の前職

街娼たちの前職に関する質問で、200名中195名が何らかの職業に就いた経験があります。ダンサーがもっとも多く(52名)。事務員(19名)、工員(12名)、洋裁(11名)、喫茶ガール(8名)、看護婦(7名)、店員(6名)、女中(5名)、レビューガール(3名)、タイピスト(2名)、電話交換手(2名)、美容院(1名)などとなっていて、酌婦娼妓は11名です。

この酌婦娼妓は、戦前、戦中に遊廓や私娼で働いていた層で、戦後、赤線青線で働いた層も含まれていそうですが、5.5パーセントしかいません。20人に1人。和パンだともう少しこの数が増えましょうが、とくにここで調査対象になっている「洋パン＋α」においては、店舗に雇われる業態で働く人たちと、個人で売春する人たちの重なりは少ないのことです。

公娼制度が消えるまで、個人売春はできなかったわけですから、戦後、街娼をやっていたのは、「新規参入組」が主体です。「米兵と遊びたい」「英語を覚えたい」なんて層は戦後じゃないと出て来ないわけですし。

ダンサーは、とくに米兵向けであるなら、売春に近いことをやっていた可能性もありますが、この調査の定義では、これはすでに街娼なのですから、ここでのダンサーは売春をしないタイプのもの、あるいは売春をしているとしても日本人向けのダンスホールで働いていたタキシ・ダンサー(客がチケットを買って踊ってもらう)と見ていいのではないかと思います。

「事務員」「工員」「洋裁」「看護婦」「店員」といった、いわば普通の仕事、地味な仕事が多くて、「パンパンはRAA崩壊によって街に投げ出された国家の被害者である」というステロタイプな見方が正しくないことがわかりましょう。ダンサーの中にRAA出身者がいるかもしれないけれども、RAAがあろうとなかろうと女たちは街に立ったのです。「女はいつも被害者である」という見方はその主体性を見えなくするだけです。

※WILLIAM GOLDMAN Untitled, 1892 – 1900

金銭的に余裕のある層が街娼になっている

これらの職業を辞めた理由として、「収入が少ない」が63名、「馘首された」が17名、「仕事が面白くない」が9名、「家族のすすめ」が4名、「その他」が21名、「不明」が81名となっています。「収入が少ない」「馘首された」「職場が閉鎖された」（これは「その他」に入っている）といった事情が多いことから、［経済的圧迫が感ぜられる］と分析者は書きますが、そうとは言いきれないでしょう。

というのも、もっとも前職として多いダンサーの収入平均は8,812円もあるのです。昭和23年1月の時点で、巡査の初任給は1,800円、6月の時点では2,340円です。調査はこの年の12月に行われているのですが、前職は調査段階より前の話なのですから、もっと物価は安く、相当いい収入を得ている人々が街娼になっていることがわかります。

また、前職が事務員の平均収入は、2,237円で、巡査の初任給とほぼ同じです。ということは、「収入が少ない」というのは、「貧困」を意味するのではなく、「もっといい暮らしをしたい」という欲求の方が強いことが読み取れます。そりゃオシャレしたり、パーマをかけたり、化粧をしたりするには金がかかりますから。

「馘首された」というのも、「他に仕事がなかった」を意味するのではなく、「この機会にもっと稼げる仕事をしてみた」「この機会に憧れの米兵と遊ぶことにしてみた」といった事情だった率が高いのではないか。

この前職の中には、今現在も続けているものが含まれていて、街娼以外に仕事をもっているのが29名います(この調査では、学生1名を含めて30名になっていますが、学生は仕事ではないでしょう)。つまりアルバイトで売春しているわけです。パンパンは、ナワバリがあるため、モグリが突然商売することは難しいのですが、それでもひっきりなしに、そういう人材が現れ、時にリンチされたりします。いわば「プロ」のパンパンたちに「あいつらはタダでもやる」と言われていたのがアルバイト・パンパンたちです。

こういう人たちは、顔を警察に覚えられにくく、商売する時間も短く、見た目も街娼スタイルではないために、検挙されにくく、言い逃れもしやすい。そのため、こういった調査では数字に出にくい傾向があります。それでも、15パーセントがアルバイトです。切迫した経済的事情があったのではなくて、「米兵と遊びたい」という目的の人たちが相当数いることを示しています。