松沢呉一のビバノン・ライフ

もうひとつの街娼調査『街娼の社会学的研究』—『街娼 実態とその手記』を検討する[8]-[ビバノン循環湯 518] (松沢呉一)

新しい積極的な人生への闘いとしての売春—『街娼 実態とその手記』を検討する[7]」の続きです。

 

 

 

個人主義こそが必要な時代に個人主義を否定する竹中勝男

 

vivanon_sentence竹中勝男は、彼女らを生み出した社会を批判する言葉を時には書きながら、この社会は「正常」であると認識されていて、売春を選択した意思を闇雲に否定し、彼女らはあくまで時代の被害者であって、救済、更生の対象でしかありません。

 

問題の奥にひそむ根本的なものは彼女らが正常な社会関係から孤立し離脱した非社会的な、時には社会遊離群的性格をもっていることである。街娼の生活は衣服や化粧によそわれて社交的にみえるが、そして事実その相手や同類者とは一定の交渉関係を持つとはいえ、その交渉は皮相であり、極めて限定的であり、社会生活一般との連なりは浅く狭い。その交渉は一面的であり、偏狭であって、彼女らは政治からも、文化や教養からも、職業的社会や家族関係や近隣社会からも遮断されているが故に、正常な社会人としての生活感情や生活態度を欠いている。彼女らは又常に転々としてその居を一所にとどまらない。それは常に彼女等のいわゆる「キャッチ」に会う不安からだけでなく、移動や浮浪がその性癖となっている。Wunderlustがその魂をとらえているのである。彼女らは時に美服をまとっているが、階級的にみればプロレタリヤアから区別されるルンペンプロレタリヤである。彼女等は社会の生産関係から遊離して、そのたるに一切の共同的労働をなし得ず、怠惰放恣で建設や組織の能力なく、個人主義者であり、虚無主義的心理の所有者である。彼女らは極めて現実主義者であるようにみえて、実は非現実的であり、夢遊病者的であり、此処よりも彼処が、この町よりも向うの都市が、今日よりも明日が、家庭よりも下宿が安住の地であるように行動する。ここに彼女らはこの時代の苦悩の中心に生きながらにその苦悩を回避しつつ自暴と自棄におち、ただ無目的な反抗と破壊と放浪のその日に生きる社会的放心者である。

 

「移動や浮浪」という性癖は、検挙から逃れるのが最大の理由かと思います。その点、この段階では検挙の対象ではなかった和パンたちは縄張りをもっていて、移動はできないし、外から入り込むのを追い出していたことを見ても明らかでしょう(洋パンは和パンと比して横のつながりが比較的薄い傾向はあったにしても)。

ここでは「個人主義者」を否定的に使っていることがこの人の思想を物語りましょう。個人主義を否定して、全体主義に向った時代に対する反省がここにはなく、それに対して[新しい積極的な人生への闘い]を希求して街に立った女たちを直視しようとしていません。反省をしたなら、あの時代に立ち向かうには、この国でも個人主義を定着させることこそが求められていることがわかったはずなのに、そこまで至れるほどの謙虚さはありませんでした。これはこの人だけでなく、日本全体が戦争の反省を踏まえた個人主義の定着の機会をみすみす逃したのだと思います。

わずか10ページ足らず前に、あの婦人の言葉を紹介しておきながら、そんな存在などいなかったかのように、あるいは、その婦人の願いを踏みにじるように、著者はこういう言葉を連ねます。彼が婦人に与えたものは絶望だけです。あの婦人は[政治からも、文化や教養からも、職業的社会や家族関係や近隣社会からも遮断されているが故に、正常な社会人としての生活感情や生活態度を欠いている]でしょうか。[怠惰放恣で建設や組織の能力なく、個人主義者であり、虚無主義的心理の所有者]なのでしょうか。

WILLIAM GOLDMAN Untitled, 1892 – 1900

 

 

あの時代にどうやった彼女らは自由を手に入れることができたのか

 

vivanon_sentence街娼たちが、[社会生活一般との連なりは浅く狭い]のは、社会が彼女らを受け入れないことも一因となっているのはすでに見た通りであり、彼女ら自身が説明していたではないですか。果たして社会が彼女らを受け入れるようになってさえも、彼女らはそれを拒絶して孤立を選ぶでしょうか。今現在の性労働者たちが、着々と、仕事を友人、恋人、家族に認めさせつつある現実を見ても、このことを彼女らの資質のみに向けるのは正しくない。この人は、売春をするのは、ある特殊な人々としたがる社会の視線を何ら疑わないで、その思い込みを加速させる言葉のみを綴るのです。

今ならより多くの選択肢が考えられましょうが、例えば自分らの青春期を奪ったものの対極にあるものとして「アメリカ人と付き合いたい」と思った時に、当時、最も手っ取り早い方法は売春だったわけです。

自由に対する憧れを戦争に負けてもなお受け入れない家庭や社会ではなく、それを実践するには家出するしかない。その結果として売春するしかなかったというケースもありましたし、恋愛感情があった上で、圧倒的な経済差によって、オンリーという形に落ち着いただけというケースもありました。

そもそも自由を求めた時に「米兵とつきあう」という選択は正しくないという指摘はもちろん可能です。そんなことをしなくても自由を求めていいし、それを実践していいという社会であったなら、そんな選択をしなかったかもしれないのですが、現にこの社会は彼女らの自由を潰してきたような道徳団体が戦後も引続き活動をし、女たちの意思を潰すべく売防法制定に動いていきます。

こんな社会では米兵に向かうのは自然なことだったと私には思えますし、蜂起、反抗、批判。抵抗という形をとるためにも、セックスを介在させることは有効だったでしょう。それこそが長らく押さえつけられたのですし、世間の人々ができないことを自分たちはやっているのだという優越感にさえつながったと想像できます。

前回見たように、そんな反抗心などなかった婦人でも、そこに「恥辱感や良心の声を圧制するような世界」を見出したことも、「なぜ反抗はパンパンという形で表れたのか」という理由の雄弁な説明になっていましょう。

WILLIAM GOLDMAN Untitled, 1892 – 1900

 

 

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