松沢呉一のビバノン・ライフ

スペンサー・チュニックの表現から知る日本の位置—そろそろ刑法174条(公然わいせつ)と175条(わいせつ物頒布)を見直しませんか?[6]-(松沢呉一)

「FREE THE NIPPLE」から「WE THE NIPPLE」へ—そろそろ刑法174条(公然わいせつ)と175条(わいせつ物頒布)を見直しませんか?[5]」の続きです。

 

 

スペンサー・チュニックのふたつの側面

 

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WE THE NIPPLE」はNCAC(全米反検閲連盟)とスペンサー・チュニックの共同活動ですが、スペンサー・チュニックのことを私自身よくわかっていなかったため、一通りおさらいをしましたさ。ぼんやりと作品を目にしていたことがあったと思うのだけれど、しっかり認識しておらず、名前さえ覚えていなかったことには意味がありそうです。

彼の活動は2つの側面から成立しています。ひとつは公共の場に全裸の人々を集める活動。もうひとつはそれを記録して公表する活動。展覧会であったり、作品集であったり。

日本の法律で言えば、前者は公然わいせつに該当し、後者は公然わいせつの証拠となり、同時にそれ自体がわいせつ物頒布に該当しかねない(写真によっては男性器が見えてますので)。

日本以外の場所で撮影したもので、性器が出ていない作品であれば展覧会をしたり、作品集を出したりすることはできますが、日本国内では撮影は難しく、公表も難しい。

彼は日本での撮影も行なっています。その様子は以下のドキュメンタリーで見ることができます。

 

 

チンコがボロボロ出てきますが、視聴制限はありません。アートであり、報道であるというYouTubeの判断でしょう。アートであっても報道であっても、チンコがボロボロ出てくる動画は18禁になっていることが多いので、誰も通報していないだけかもしれないですけど、削除はされないはず。この投稿が正規じゃなかったらそっちで削除されるかもしれんけど。

冒頭、1999年にニューヨーク・タイムズスクエアでチュニックが現行犯逮捕された際の映像が出てきます。ニューヨークタイムスもこの逮捕を報じています。これによると、150人を集める無届けの集会ということでの逮捕です。全裸が問題ではないのです。名前を出して活動をするアーティストが公共の場の典型的な場所で騒動を起こしたら、名前までが報じられるのは理解できます。

彼はこれまで5回逮捕されているのですが、いずれも無届け集会の容疑のようです。公然わいせつであれば被写体も逮捕されるわけですが、それはないみたい。

起訴されているので、無罪放免というわけではなかったのですけど、何度繰り返したって罰金で終わりでしょう。

上のドキュメンタリーの逮捕シーンは、まだ評価されていなかった時代のエピソードとして紹介されていて、世界中を回って、地域によっては警察が警備する中で撮影ができるようになったチュニックと比較するための素材です(このドキュメンタリーは2008年のもの)。「昔はこんな扱いだったのだよ」と。

少人数の撮影と違って、多人数の撮影は一大プロジェクトですから、今はすべて法をクリアしているのだと思われて、相当数の国でこれが可能になっています。政府機関や自治体が関与しているであろうアートフェスティバルの類いに招聘されて撮影をするようになっているので、招聘元でクリアしているでしょう。

 

 

日本での撮影は逮捕覚悟でやるしかない

 

vivanon_sentenceこのドキュメンタリーは、北米、南米、アフリカ、アジア、オセアニアを回るチュニックを追っていて、この時点でも相変わらず緊張の中での撮影風景が出て来ます。ロシアと日本です。ロシアと日本では、多数のモデルを集めた撮影はできず、1人か2人の撮影のみです。これでも、日本では逮捕される可能性が十分あります。ロシアも同じでしょう。早朝とは言え、横を人が通っていて、通報されなかったのが幸運でした。

日本とロシアではモデルを探すにも苦労します。日本の描き方は満員電車に象徴させるステロタイプなものではあるのですが、個人の判断で裸になることが難しい社会であることを的確に見せているように思いました。日本人モデルが葉で顔を半分隠している(隠させている)のはそのことの表現かと思います。

しかし、このドキュメンタリーを見ても、その抵抗感が法と関わっていることまではわかりにくい(モデルになった彼らもそこまでは考えておらず、考えていないからモデルをやったわけですが)。

ヌードモデルだったらプロダクションに依頼するのが早いわけですが、彼は出来上がった体にはあまり興味がないようですし、プロダクションによっては屋外撮影を断るでしょう。リスクが高すぎます。

 

 

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