松沢呉一のビバノン・ライフ

オスカル・アロさんが語るベニート・アロさんのケース—健康な若い世代はほとんど死なない病気[6]-(松沢呉一)

「原稿を書くならデータを確認」という教訓を教えてくれる記事—健康な若い世代はほとんど死なない病気[5]の続きです。

今回も、「朝日新聞デジタル」の記事を見てすぐに書いたもののため、データが数日前のものになってます。ご了承ください。

 

 

 

医療崩壊により、若者のために高齢者が死に追いやられている?

 

vivanon_sentence前々回前回見た、2020年4月2日付「日経ビジネス」掲載新型コロナ、若者が次々に重篤化 NY感染症医の無力感のような記事は受けるのだろうと思います。不安になっている人たちが好んで食いつきます。

ホラー映画で、「そっちに行ったらダメだ」とわかっているのにそっちに行って殺される人たちがよく出てきますが、どういうもんだか、不安になっている人は不安をかきたてる情報が好きみたいです。マゾか。

しかも、そういう人たちは「本当だろうか」と疑問を抱かず、記事を鵜呑みにしがちです。自身が鵜呑みにするだけなら害はないかもしれないですが、それをまた拡散します。他人も一緒に不安になってくれないとイヤみたい。

また、中には能天気な若者たちが死んでいくことに痛快さを感じる人たちもいるのでしょう。「痛快」は言い過ぎにしても、これで若者たちの自覚を促すことが期待できると考える。

事実はどうでもよく、自分が求めるものだけを求める人々にとって都合がいい記事なのです。

この背景にあるのは「無思慮・無軌道な若者たちのために老人が死んで行く」という物語です。「しかし、遂にウイルスは若者にも襲いかかったのだった」という教訓譚としてのオチが欲しい。

この物語自体が眉唾です。そもそも老人が思慮深くて慎重なんてイメージは幻想。もちろん、人によりけりですが、それは若い世代も同様です。

以下は「若者のために老人が犠牲になっている」と思わせる記事です。

 

 

4月5日付「朝日新聞デジタル」より

 

 

まず最初に言っておきますが、これは「日経ビジネス」と違って、データと照らして「ありえない」という話ではありません。スペインだって、そんなに若者は死んでませんから、データと照らしておかしいとは言えるのですが、医師が「若者に回す」と言った可能性はありましょう。言葉の綾みたいなものです。その上で情報の扱い方の問題です。

 

 

スペインでも若い世代はほとんど亡くなっていない

 

vivanon_sentence「若者」という言葉はだいたいの場合、10代後半から20代前半、あるいは後半まで。比較的な用法として、私も、目の前にいる30代までを「若いヤツら」と言う場合もありますけど、広く一般の層を指す場合は20代までじゃないでしょうか。さして事情は変わりませんので、30代までを若者としてもいいですけどね。

では、スペインの数字を見てみましょう。

 

statista.com」より

 

4月3日までの感染者に対する年齢別死亡致死率です。その年齢全体の人口比を出すと、もっと高年齢が多くなります(その後、0歳から9歳までが0パーセントから0.2パーセントになっており、これは2名が亡くなったことによるものですが、詳細は不明。この世代を「若者」とは言いませんので、趣旨に変更なし)。

死亡者総数は11,947名で、致死率が9.47なのでかなり高い。イタリア同様、院内感染の多さと医療崩壊によって基礎疾患のある人たちが多数亡くなっていることが想像できます。

しかし、10代、20代は0,2パーセントしか死んでいない。30代でも0.3パーセント。感染者はもちろんもっと多いですけど、入院に至るようなケースは少ない。

院内感染と、医療機関の負担を減らすためには、ほとんど死なない健康体の若い世代は、感染しても軽症である限り、「ただ家で自己隔離していればいい」って考えを徹底すべきです。

それがどういう経緯であれ、医療機器不足により、スペインでは助かる見込みのある人を優先せざるを得ない事態の中で起きた悲劇です。75歳以上を年齢だけで切り捨てているのではなく、基礎疾患のあるなしも考慮されて、トータルとして助かる可能性で判断しているのではないかとも想像します。担当する医師や看護師はそのくらい判断できるでしょう。

仮に年齢だけで判断されたのだとしても、80歳のベニート・アロさんが使う予定だった人工呼吸器は60代から70代の重症化した患者に使用された可能性が高い(取り上げられたわけではなく、使う予定だった人工呼吸器が使えなかったということのようです)。数から言えば、若者に使った可能性は限りなく低いのです。

医師としては「あなたのお父さんはどのみち助からない」とは言いづらく、象徴的に「若者」と言った可能性は十分ありますけど、スペインの報道を見ると、そんな話は出ていません。

 

 

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