松沢呉一のビバノン・ライフ

ウイルスに対する恐怖と米騒動・朝鮮人虐殺の関係—ナチスの時代とコロナの時代[8]-(松沢呉一)

スペイン風邪がもたらした排外主義とCOVID-19がもたらす排外主義—ナチスの時代とコロナの時代[7]」の続きです。

 

 

 

スペイン風邪とプレ・ナチスの動き

 

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前々回取り上げたニューヨーク連邦準備銀行による調査Pandemics Change Cities」の意義を十分とは言えないまでも理解できたのは、昨年、「ナチス・シリーズ」をやっていた成果です。

しかし、私は、あの調査が明らかにした「ウイルスに対する恐怖心が排外主義となり、それがナチスへの投票行動に結びついた」との可能性についてはまるで考えていませんでした。

私の中では「敗戦の賠償金に世界恐慌による失業や生活の困窮が加わってナチスを待望した」という流れになってました。これは間違いではないのですが、世界恐慌の始まりは1929年ですから、ナチス政権樹立のフィニッシュの役割を果たしてはいても、それ以前にナチスの登場は準備されていました。

スペイン風邪は1918年から1920年にかけて。第一次世界大戦は1918年11月11日に終了。1919年6月28日、ヴェルサイユ条約締結。1919年8月14日、ヴァイマル憲法公布。この間ずっとヨーロッパはインフルエンザの恐怖に晒されていたわけです。

帝政を終焉させ、第一次世界大戦をも終わらせたミュンヘン革命によるバイエルン共和国で首相となったクルト・アイスナーは首相退任後の1919年2月21日にトゥーレ協会のメンバーによって暗殺されています。

すでにロシア革命が起き、トロツキー(Лев Давидович Троцкий)がユダヤ人であったことから、ロシア革命はユダヤ人によるものという説が出ていて、おそらくクルト・アイスナー暗殺も、ユダヤ人であったがためでしょう。ユダヤ人が首相になったことを許せない人々がいたのです。トロツキーはソ連共産党から追われてスターリンによって暗殺されるわけですから、「ロシア革命はユダヤ人組織によってなされた」なんてことはあり得ないのですけど、ポーランド出身のローザ・ルクセンブルク(Róża Luksemburg)やロシア出身のオイゲン・レヴィーネ(Евгений Левине)らのユダヤ人革命家がドイツで活動していたこともそのイメージを加速していきます(2人とも共産党設立に関与したのち殺害されている)

トゥーレ協会は直接にナチス結成に関与したオカルト系秘密結社であり、帝国ハンマー同盟の流れを汲み、1918年に結成されています。秘密結社でありますから、大衆的支持を得ていたわけではないですが、スペイン風邪とともに登場し、勢力を伸ばしていったように見えなくもない。

これがプレ・ナチスとして下地を作っていて、トゥーレ協会が存在しなければおそらくナチスも存在しない。ヒトラーは政権を得てからこれらの事実を消していったフシがありますが、ハーケンクロイツは帝国ハンマー同盟が使っていて、トゥーレ協会もハーケンクロイツのアレンジをエンブレムにしていたくらいで、ナチスはトゥーレ協会を大衆化したに過ぎないとも言えます。

この流れのどこかに、あるいは全体にスペイン風邪の影響が及んでいたことをPandemics Change Cities」は示唆します。

Wikipediaよりクルト・アイスナー

 

 

「Pandemics Change Cities」から生じた疑問

 

vivanon_sentencePandemics Change Cities」が明らかにしたパンデミックとナチス支持との関係については、なお疑問はあります。あの推論が間違っていると言いたいのではなくて、そこから派生する疑問です。その筆頭は「なぜドイツか」です。

ドイツが特別にスペイン風邪の感染者や死亡者が多かったとの事実はないでしょうから、そうなった事情がドイツにはあったはずです。

その事情と考えられる事項を私はすでに書き出しているのですが、ミュンヘン革命から帝政の終了、ヴァイマル共和国樹立までの「スペイン風邪期」のドイツは複雑で、未だ私は十分に理解できていませんし、ロシア革命による東方ユダヤ人の動きも十分にはわかっていません。

スペイン風邪の影響は置くとしても、そこがナチス登場の重要ポイントになるため、本はいくつか買ってあるのですが、人気のない「ナチス・シリーズ」は終了させたものですから、ほとんど読まずに終わってしまいました。

 

 

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