松沢呉一のビバノン・ライフ

ユダヤ人を絶滅せよ! しかし、希少動物は救え!—ダイアン・アッカーマン著『ユダヤ人を救った動物園』[上]-(松沢呉一)

 

あらためて語るダイアン・アッカーマン著『ユダヤ人を救った動物園』

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ここまでに「ナチスの失敗・禁酒法の失敗—矯風会がフェミニズムに見える人たちへ[禁酒編 2]」「ヤヌシュ・コルチャックがゲットーで書き残した言葉—ウイルスとウイルス恐怖症に覆われる世界[8]」「『ユダヤ人を救った動物園』で遂に見つけたナチス時代の割礼の記述—包茎復元計画[12]」「少なくとも数万人のユダヤ人を死に追いやったチンコの皮—包茎復元計画[13]ナチスに関する数々の書物や映像が取り上げなかった包皮の真実—包茎復元計画[14]ナチスのステロタイプと闘う物語—包茎復元計画[15]」「一人一人の意識と無意識が歴史を改竄していく—包茎復元計画[16]」で、ダイアン・アッカーマン著『ユダヤ人を救った動物園』を取り上げてきました。

それでもまだ触れておきたいことがあります。『ユダヤ人を救った動物園』はタイトル通り、動物園が舞台です。このことがいい効果になっています。

さまざまな動物が登場することが彩りとなって、沈鬱になる話の中で息抜きになるというだけではなく、ナチスドイツとポーランドを動物が象徴的に表しているのです。

この本の帯には「ユダヤ人を絶滅せよ! しかし、希少動物は救え!」とあります(「ユダヤ人を絶滅させよ」ならいいとして、「ユダヤ人を絶滅せよ」は日本語としてどうなんかという問題はここでは省略)。これはまさにナチスの思想でした。これまでにもナチス・シリーズでは多数の例を出してきましたが、ナチスの幹部たちは動物が好きです。多くは馬か犬です。

馬と犬が好きなのはドイツ人の特性なのかもしれないですが、あえてナチス的意味を見出すなら、動物を飼い馴らし、思い通りにすることに快楽があり、今のところ、ナチス幹部で猫が好きという人物が出てこないことには意味があるかもしれない。

この快楽追及が人間にまで及びます。それが優生思想です。

動物が好きであることとホロコーストは矛盾しているようでありながら、どちらも支配の欲望です。自分らにとって必要のものは残す。不要なものは抹殺する。だから、ヒムラーはある段階まで、ジプシーは純粋な血統を残している存在として保存をしようと考えていました。現実のジプシーたちを見てヒムラーは考えを翻して全員虐殺されるわけですが。

それらの支配の頂点にあるのがアーリア人です。これがナチス思想の根幹です。

The home of Dr. Jan Żabiński, director of the Warsaw ZOO, who also kept animals in his home. In the photo: housekeeper Cecylia Teodorowicz with an otter, Photo: CAF / PAP ヤンとアントニーナの家は動物園の敷地内にあり、家の中も動物がいっぱい。これは家政婦とイタチ。

 

 

ナチス支配とともに稀少動物を奪っていったルーツ・ヘックの野望

 

vivanon_sentenceナチスが守ろうとした希少動物として本書に登場するのがオーロックス(Aurochs)です。この牛は、家畜牛の祖先である野生牛で、かつてはヨーロッパからアジアにかけて広く棲息していましたが、1627年にポーランドで最後のオーロックスが死んで絶滅しました。

これを復元しようとしたのが、ベルリン動物園の園長であるルーツ・ヘック(Lutz Heck)とミュンヘン動物園の園長である弟のハインツ・ヘック(Heinz Heck)でした。ヘック兄弟は、家畜牛からその形態を強く残す個体を掛け合わせ、絶滅したオーロックスを復元しようとします。これ以外に馬の原種とヨーロッパパイソンの原種を復元する計画を進行していました。

 

 

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